『日露戦争陸戦の研究』 別宮暖朗

仮想敵は『坂の上の雲』!?


日露戦争陸戦の研究 (ちくま文庫)日露戦争陸戦の研究 (ちくま文庫)
(2011/01/08)
別宮 暖朗

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日露戦争は、本当に作戦による勝利なのか? 陸軍の印象操作を打ち破り、七つの陸戦の勝因を問い直す
『坂の上の雲』を始めとした日露戦争のイメージは、物量に勝るロシアを作戦によって退けたとされる。本書ではそうした通説を軍官僚による情報操作であると疑い、冷静に戦況を見直すことで本当の勝因を明らかにしていく
著者が痛烈に批判するのは、井口省吾、松川敏胤をはじめとする陸大出の参謀たちで、現実的でない作戦を現場に押し付けて混乱させたとする
最終章でそうした参謀の失敗を戦後の官僚政治への批判とつなげたように、著者の価値観が色濃く反映されていて、井口らへの批判は後出しジャンケンの嫌いはある
しかし、戦史は参謀たちによって書かれる。戦争への印象はそうした参謀の政治的事情が反映されていて、『坂の上の雲』もその影響を免れていないとなれば、本書の価値は大きい

本書によると、日露戦争は海軍主導で開戦が決まり、陸軍は満州での決戦を想定していなかったという
日本側から見て開戦のきっかけになったのは、ロシアが鴨緑江河口の龍岩浦に軍港化をはかったこと(龍岩浦事件で、ロシアとしては旅順とウラジオストックだけでは航行距離の問題から制海権がとれないと朝鮮半島両岸に不凍港を欲しがっていた
この動きに対して、海軍大臣・山本権兵衛は表向きは平静を保ちつつ、奇襲攻撃による開戦計画を練っていた。外交の現場でロシア側の強硬姿勢を見ていた小村寿太郎がこれに同調し、ロシアへの和平工作に失敗した伊藤博文も日英同盟を見て開戦に舵を切った
陸軍はというと、山県を始めとする要人は満韓交換の条件が成立しないはずがないと思い込みがあって、海軍の事情に疎かった。首相・桂太郎は開戦が避けられないことから辞職騒動を起こしたという
開戦してからも、海軍の制海権次第で上陸できないとあって、陸軍は終始、海軍の事情に引きずられることとなり、大陸での決戦など想定できなかった。まったく準備を欠いていたのだ
また、陸大の教官であったメッケルは実戦経験が少なく、井口、松川らに師団長レベルの部隊展開しか教えることができなかった。他国に送られたドイツ軍人に比べ、二流の人材と著者は手厳しい
児玉源太郎は井口や松川といった参謀の空論を、菩薩なんだとおだてつつ無力化し、方々に角が立たないように軟着陸させていた。戦争全体の計画性には疑問符がつくものの、その軍人離れした調整能力は著者も高く評価している
結果、旅順攻防戦、遼陽会戦、奉天会戦などの決戦では、参謀によるドイツの軍事学よりも、戊辰・西南戦争を経験した将帥の機転がものをいうことになる

本書の目的のひとつは乃木希典の復権だろう
最初の総攻撃こそ、集団密集での突撃で大きな損害を出したものの(それにしても同時代の常識ではあった)、次の攻撃からは敵の塹壕に対して塹壕で迫る戦法に転換し、海軍に協力して重砲部隊で旅順艦隊を機能不全に追い込み、203高地の争奪戦では敵に消耗戦を強いてステッセルの降伏につなげた
日露戦争時代の砲弾では塹壕、トーチカを粉砕するには限界があり、どこかの時点で銃剣突撃はやむをえず、要塞の攻略は数に劣る守備兵を消耗戦に追い込む必要があった。いくつかの錯覚はあったものの、当時の事情からすればかなり優れた戦果を残したといえるのだ
旅順の膨大な犠牲は近代戦そのものの性質からであり、それに震えた者たちが責任を乃木に求めたと考えられる

本書のもうひとつの特徴はロシア側からの分析である
物量のロシアというのは、あくまで第一印象であって、実際に日露戦争に投じられた兵力はそれほどでもなかった
開戦当初は日本からの攻撃を想定していないので、極東全体の兵力が薄く、しかも旅順要塞に割かねばならなかった
遼陽、奉天と後期になって兵力が充実したのはいいものの、今度はシベリア鉄道を補給にフル回転させねばならず、帝政の腐敗から必要量が戦場に届かなくなっていた
実はロシア側からしても戦争の継続は困難になりつつあり、日本軍を打ち破る方策がなくなっていたのだ
つまりポーツマスで日本が賠償金を取れなかったのはウィッテの外交的勝利で、日比谷で暴れた庶民の感覚はあながち間違ってなかった(苦笑)
しかしこうしたものの見方は、あくまで結果と状況を全て知ってから言えることであって、日本の権益が守られればそれでよしとする児玉源太郎のバランス感覚を著者も認めている


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