『宝塚というユートピア』 川崎賢子

来年で100年!?

宝塚というユートピア (岩波新書)宝塚というユートピア (岩波新書)
(2005/03/18)
川崎 賢子

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創立90年を超えてなお年間260万人の観客動員を誇る宝塚歌劇団の魅力とは。創設者・小林一三の構想から、戦前、戦中、占領期を経た作風の変遷、思想的背景、伝統を生み出す強さを探る
本書は歌劇団そのものというより、それが生み出された背景や文化的状況に力点が置かれていて、現代の宝塚については冒頭と終章に限られる
その代わり、女性が舞台に立つ、男性を演じるということが、各時代においていかなることであったかがジェンダー論を踏まえて読み解かれ、宝塚が容認されたその時代の世間や風潮まで押さえられていて、大正から占領期までの社会文化史としても読み応えがあった
手塚からAKBまで多大な影響を与えてきたこと考えれば、宝塚を抜きに日本の文化は語れない

阪急・東宝グループの総帥・小林一三は、都会で働くサラリーマンが郊外に住居を構えることを予見し、鉄道の敷設→住宅開発→観光・ホテル→駅ビル・デパート→学校誘致と事業を展開した。何もないところに乗客を誘導し、顧客を創造したのだ
そして、そうした消費者が集う大衆娯楽として、映画・劇場といった興行にも進出し、宝塚も乗客誘致の手段として始まった
当時の“女優”は未だ、花柳界的な芸事と歓楽が混合した“遊女と見なされていた。芸術に専属する近代的な“女優”の存在は試みは続いても、大衆のゴシップからは逃れられなかった
宝塚では劇団を“学校”、女優を“生徒”を置き換えることで、未婚の女性が演じる“清く、正しく、美しく”をモットーに、女優に対するイメージを一新した
当初は現代のように女性ファン中心ではなく男性が多かったが、戦前の女性が異性愛をテーマとする演劇を堂々と見られる場所として人気を博すことになる
それには同性によって異性愛が語られることで芸術性が増したのと、女性の同性愛を少女にありがちなものとする世間の偏見から見逃された部分もあった

宝塚は演劇を近代化するモダニズムの志向と、都会で働く賃金労働者とその家族に慰安を与えるノスタルジアの二面性をその出発から持っていた
都会の現実を癒すために、演劇の空間では日常から離れたユートピアが演じられ、そこの中では近代化に批判的な文脈も盛り込まれることになった。著者はこのアンヴァレンツこそ、90年持続した源であるとする
本書では宝塚の周辺にも多くの数が割かれていて、創設当初には各地に少女歌劇団が生まれ熾烈な競争が続いていたことは興味深い
各地の百貨店が少年、少女の音楽隊を結成することに始まって、大阪松竹歌劇団(OSK)、松竹歌劇団(SKD)など多くの少女歌劇団が立ち上がっていた
こうした文化的状況は、現代のAKBとその姉妹グループや、地元密着型のアイドルグループ、ミスコンと地続きだろうし、少女歌劇団そのものが日本に独特の舞台芸能であることも、アイドル文化を語る上で大事な視点となるだろう
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