『韃靼疾風録』 下巻 司馬遼太郎

先月は怠けすぎたか…

韃靼疾風録〈下巻〉韃靼疾風録〈下巻〉
(1987/11)
司馬 遼太郎

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徳川家が鎖国政策を取り、庄助は日本に帰れなくなった。彼を日本の外交官としたホンタイジは明朝に対抗して、大清を宣言し長城を越える。ホンタイジ死後、その志を継いだ睿親王ドルゴンは李自成の乱に乗じ、ついに山海関を越えた。多くの人びとが歴史の激動の中を流されていく

10年に渡る庄助の旅は終わった
下巻は庄助の物語としては寂しく、同じ任務を帯びた福良弥左衛門を捜し求めるに終始した。上巻でアビアと添い遂げてしまい、キャラクターを引っ張る動機が薄くなったせいだろう
アビアが女真族のなかで浮いた存在となり、故郷を離れる葛藤が少ないというのも、出来すぎで物語を薄味にしている
庄助はドルゴンの命じるままに蘇州に行き、福良弥左衛門を探し山海関へも従軍する。ほぼ完全な視点キャラを演じた
主役はホンタイジ、ドルゴンであり、中国世界そのもの

大清帝国は女真族50万人で数億の民を統治しなくてはならない
ドルゴンはこの課題を解決するために、女真族の中国化ではなく、漢族の女真化で対処する。漢族に辮髪を強いて、それを守れば他は漢族のやり方に任せることにした
漢族にとって髪型を夷狄に合わせることは、礼にもとる最大の屈辱であり、支配者の交代よりも激しい抵抗がある
しかし、これを成功させれば華夷秩序は逆転し、女真は支配的地位を保ったまま統治することができる
この習慣はヌルハチの時代からあって、満州ではこの習慣の元に漢族が定着していた
その一方で、女真の中国化も不可避であり、乾隆帝は女真族の過去を漢族に馬鹿にされないよう史書の改竄に踏み切っている

あとがきの司馬が語るところ、大清は歴代の中華帝国の後継と捉える
漢人の王朝を復興しようとする青年官吏に対し、雍正帝が「漢人もまた多くの民族の混血と文化の摂取によってできあがったもので、固有の漢人というものはない」と諭した話は、古くから帝国=多民族国家として自覚されていたことを示している
しかし、近代中国において清朝は征服王朝と見なされ、歴代の王朝とは同じように評価されなかった
司馬によれば、それは清朝を夷狄と見なすことで、実は古代から続く中華帝国=中国式の文明主義を排撃し、漢族を欧米流の民族主義に仕立て上げるためだった
本作は前近代の象徴として映りがちな清朝の黎明期を取り上げて再評価し、海禁時代も絶えなかった日本と中国のつながりを意識されていて、『蒼穹の昴』シリーズの先達ともいえる作品だ


前巻 『韃靼疾風録』 上巻

韃靼疾風録〈下〉 (中公文庫)韃靼疾風録〈下〉 (中公文庫)
(1991/01)
司馬 遼太郎

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