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『韃靼疾風録』 上巻 司馬遼太郎

『中原の虹』はいつ読もう?

韃靼疾風録〈上巻〉韃靼疾風録〈上巻〉
(1987/10)
司馬 遼太郎

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平戸島に住む庄助は、遭難船を捜索し謎の姫君を見つけた。松浦家で貴人として遇された彼女は満州族の公主。前藩主に殉死した父を持つ庄助は、藩主から満州と交流を結ぶべく、公主を送り届けるよいうに命じられた。九死に一生という旅路に、「老財神」の援助で明人の船団に乗り込むが、黄海を牛耳る毛文竜の海軍に捕まる。惹かれあう庄助と姫の行く先は……

明末清初の東アジアを舞台にした、司馬には珍しい日本を飛び出す長編小説
実在の人物を主役に使うのではなく、主役の庄助、ヒロインのアビア、恋敵のバートラ、元海賊の老財神主要な人物はみなオリジナルで、どちらかというと盟友の陳舜臣に近いスタイルだ
時代は、日本で豊臣が滅び徳川の世が磐石のものとなり、明は朝鮮出兵の打撃に加え、女真族の台頭と飢餓、農民の蜂起で苦しみ、李氏朝鮮は毛文竜に代表される明兵の乱行に、明から距離を置き始めていた
そこに興隆したのが英雄ヌルハチ率いる女真族で、満州国(マンジュ)を建国し塞外に敵なしの勢いを示していた
優れた指導者ヌルハチ頼みの集団が、いかに明を引き継ぐ帝国となったかが本作のテーマだ

庄助は満州で、女真族、明人、蒙古人に出会う。異民族同士が混じることで、それぞれ自らの特徴が見えてくる
倭人は小柄ながら鳥銃(火縄銃)のような小さい物を作る器用さがあり、明人には洋式砲のような巨大な物を作る巧みさがある。蒙古人には多民族に負けない剽悍さと馬術があり、女真族には農耕と狩猟の双方を知るゆえに土地への執着と勇武を両立している
それぞれとお互いを知ろうとし学びあう様は、富野監督のバイストンウェル物に近い雰囲気がある
やや割を食っているのが李氏朝鮮だが、これは司馬が嫌う朱子学の優等生ゆえである
朱子学のもつ毒が、近代の日本に回り無残な敗戦を招いたとする司馬史観からすると、朱子学の事大主義に囚われた朝鮮の内情には厳しくならざるえない
名分論を絡めた党争の激しさは、現実主義の外交を展開しようとする名君・光海君の脚を引っ張るものと見なされている

平戸においてほぼ根無し草の庄助も、外国に出ては日本人であることを意識せざるをえず、相思相愛のアビアに対しても、国際的な壁を感じざる得ない
現代人からすると、優柔不断の野暮天に見えてしまうが、「アビアと結婚=日本を捨てる」ことになるわけで、平戸藩の士分となったことを張り合いにした彼にとってアイデンティティの危機なのである
司馬のエッセイで語られる「故郷恋しさに季節の変わり目に帰る倭寇」の逸話にならうなら、庄助の決断は?
また、後世に生きる我々は明清交替を必然と見がちながら、作中では満州から見た明の巨大さは越えられない壁のようで、蘇州にいる人間はまるで倒れる気がしないとさえ言う
この大陸の北と南の距離感が絶妙に表現されていて大陸の広大さを感じるし、庄助視点からは満州は死ぬか生きるかの剣が峰であるという感覚は、宿命論に陥らない現在進行形の物語へ読者を誘う力がある


次巻 『韃靼疾風録』 下巻

韃靼疾風録〈上〉 (中公文庫)韃靼疾風録〈上〉 (中公文庫)
(1991/01)
司馬 遼太郎

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コメント

No title
ヌルハチ率いる女真族が清帝国を興すところは読みごたえがありますね。
そこに、架空の現場証人として日本人である主人公をもってきたところに司馬遼太郎のうまさがあるようなきがします。
自分もだいぶ前に読んだのですが、期待に反して面白かったのを覚えてます。
Re: No title
ネットでは空から女の子が落ちてきたような始まり方とか言われちゃうのですが(苦笑)、主人公とヒロインが違う原理で動く民族であるというところがしっかりしていて、凡百の小説とは肉付けが違います
目撃者として日本人を配したのは、ブログで言われたとおり、本人が満州に出征していたことが大きいのでしょうね

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