『小説東京帝国大学』 上巻 松本清張

東大と私学の関係が一目瞭然

小説東京帝国大学〈上〉 (ちくま文庫)小説東京帝国大学〈上〉 (ちくま文庫)
(2008/03/10)
松本 清張

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明治35年(1902年)、哲学館の卒業試験に、ムイアヘッドの『倫理学』に対する答案が問題となった。大義のためなら王の「弑逆」も辞さず、という箇所が天皇への大逆を含んでいると見なされたのだ。試験官だった中島徳蔵は、処分を検討する文部省の隈本視学官を訪問するも、哲学館卒業時にもらえる中等教員免許の認可を取り消されてしまう。帝国大学の私学いじめに端を発したこの問題は、新聞を巻き込んだ大論争へ発展した

明治末、日露戦争前後の東京帝国大学(現・東大)を舞台にした小説で、渦中にある試験官・中島徳蔵と答案を書いた学生・工藤雄三、他と視点を転々しながら、哲学館事件、東大七博士の日露開戦論などを俯瞰していく
時の東大総長は『八重の桜』にも出てくる山川浩の弟、山川健次郎で、哲学館の処分に抗議する学生の一人には吉野作造新興宗教家の飯野吉三郎に、女子教育の先駆者・下田歌子、と自然に著名人が話に絡んでくる
弱小の私学(哲学館は東洋大学の前身)が、巨大な官僚育成組織である東大に立ち向かうというシチュエーション清張得意の陰謀節(!)にマッチしていて、自由民権運動家が社会主義運動へシフトする流れなども見事に活写されていた
誰かの物語として読むと少し弱いかもしれないが、様々な方向から歴史を眺めるにはこれでいい

興味深いのが、自由民権運動家として名をはせた奥宮健之の論陣だ
彼は日露戦争に対して、いつか開戦するはずだからと賛成も反対せず、勝っても負けても社会主義にとって悪くないという
負ければ天皇を中心とした明治政府は崩壊し、自然と人民の政府ができあがる。先駆的ともいえる敗戦革命理論を唱える
勝っても体制に無理がくるから、いつか人民の政府ができる。次善ながらこれも良し
問題は大して勝てなかったパターンで、これが一番社会主義から遠ざかってしまう。現実に結ばれた講和はこれで体制が煮え切らないまま続くことになる
奥宮は無政府主義者の影響を受けていて、社会主義のための暴力革命も是認する。共産党以前の社会主義革命家といえよう

もう一つ驚くのが、東大七博士の日露開戦論で、政府や軍部以上に強気の交戦論をぶちあげ、もっとも強硬な戸水寛人などは、朝鮮、満州を越え、荒唐無稽な中国併呑論まで唱えることになる
伊藤博文いわく「なまじ学のある馬鹿ほど恐ろしいものはない」わけで、世間的には最高の知性であるはずの東大教授が、これだけの国際感覚のなさを晒していたとは思わなかった
博士たちは講和問題が持ち上がるにいたって、強硬な講和条件を掲げて政府を困らせることになった
政府側の戸水博士に対する処分は、「大学の自治」の観点から大問題となるが、それは下巻に続く


次巻 『小説東京帝国大学』 下巻
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コメント

No title
日露戦争時、学者たちがこぞって強硬論を唱えたのは、政府が事実を公表できなかったということを差し引いても、向こう見ずなものですね。
伊藤博文の「なまじ学のある馬鹿ほど恐ろしいものはない」というのもうなずけます。
Re: No title
インテリはいつも極端ですね
昭和初期に展開されるような議論は、日露戦争の時点で出揃っているので驚きました
戦争に反対する人たちもいるのだけど、キリスト教徒を除けば社会主義に染まっているので、それはそれで微妙です

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