『物語論で読む村上春樹と宮崎駿 ――構造しかない日本』 大塚英志

宮崎アニメはご無沙汰なので、語りにくい

物語論で読む村上春樹と宮崎駿  ――構造しかない日本 (角川oneテーマ21)物語論で読む村上春樹と宮崎駿 ――構造しかない日本 (角川oneテーマ21)
(2009/07/10)
大塚 英志

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村上春樹の小説と宮崎駿のアニメは同じ物語文法が元になっている!?ジョセフ・キャンベルの神話論を引きつつ、両者の作品を解剖する
著者は『物語消費論』『彼女たちの連合赤軍』など、70年代から80年代以降の高度消費社会へ移る年代論に定評があって、同じ課題を持つ村上春樹に対して鋭い批判を投げかける
本書はスター・ウォーズ(以下SW)に影響を与えたジョセフ・キャンベルを踏まえて、物語の構成論から批判的に読み解いていく内容である
そこでは両作者が訴えたい内容よりも、主人公の成熟が重視され、ビルドゥングスロマンの形式がとられたのになぜ主人公が大人にならないのかが問題視される
驚くのは、戦後民主主義を標榜する著者が、戦後民主主義の申し子ともいえる村上春樹、そして宮崎駿へ徹底的に食って掛かることだ
それは過剰人気に冷水を浴びせる域を越えていて、むしろ戦後民主主義の墓堀人である

本書で光るのは、『羊をめぐる冒険』がジョセフ・キャンベルの神話論に準拠したことの証明だ。なるほど、まるで習作ようにキレイに当てはまる
ジョセフ・キャンベルはユング心理学の系譜に位置する神話学者で、日本におけるユング心理学の第一人者・河合隼雄と村上春樹の関係を考えれば、まず間違いないだろう
著者は主人公がSWの物語構成、ビルドゥングスロマンの物語が取られているにも関わらず、結末で成熟を保留することに注目する
『カフカの少年』では“父殺し”という汚れ仕事をナカタさんに任せて、擬似的な母親や姉とセックスして終わり、『ねじまき鳥クロニクル』では象徴界でバットで影を殺しつつも、現実には妻が綿谷ノボルを殺している
男のビルドゥングロマンが不発に終わる一方、女のビルドゥングスロマンが成功するのも特徴的で、『スプートニクの恋人』ではそれが主題となり、“僕”は見守ることしかできない
著者は主人公に主体性を持たせない村上春樹の小説が、大人になれない大人たちが駆け込んだオウム真理教と同種ではないか、と突きつける。彼の物語ではオウムを克服できないと

この点では、すこし村上春樹を弁護したくなった
まず成熟とは、大人になるとはなんだということだ。日本人にとって近代人になることは、欧米化を意味していた
欧米化は向こうの宗教観、伝統から育ったものなので、とうぜん日本の実態とはずれてくる。クロフネが来る前には日本人なりの大人像があったのだ
近代国家、近代企業を営む上で近代人としての習熟が求められるのもさることながら、過剰に適応することは日本人の心を蝕んだ
そして、過剰に欧米列強を目指した結果、無残に敗北した歴史を持っている
戦後はその反省から、近代人を演じつつも欧米化を保留して対応した。他国の軍隊に安全保障を委ねるなど国民国家の観点からありえないことだが、“夷をもって夷を制す”というアジア的戦略としては間違っていない
これがいわゆる戦後日本の正体であり、戦後民主主義だといえる
実生活において社会的、産業的要請から来る大人像に安易に乗ることは、日本の稚気を忘れない大人像からすると“つまらない奴”になることなのである。ビルドゥングスロマンを保留することがいわば倫理的な態度とすらいえるのだ
むしろ問題は日本伝統の大人像、フーテンの寅さんや『釣り馬鹿日誌』の浜ちゃんのような慈父・慈母的な存在がフィクションの世界に現れないことではないだろうか

本書で奇妙なのは戦後民主主義を自認する著者が、戦後民主主義の価値観を脅かすところだろう
宮崎駿の母性肥大にしろ、村上春樹の成熟保留しろ、平和を満喫してきた日本を象徴するものである。それらが世界に流布したのは物語構造でゆえであり、今の日本サブカルチャーには「構造しかない」とまで言う
シンプルな物語がマスカルチャーの鉄則だが、果たして流通しやすい構造だけでそこまで流行るものだろうか
村上春樹に関しては現代の死病、精神病への癒しがテーマとしてあり、それが先進国において社会問題であるからこそ、ノーベル賞候補にもなった
クールジャパン戦略に氷水を浴びせたい心情は分かるが、村上春樹については過小評価が過ぎる
また著者が成熟保留の根拠として使う「移行対象」は、イギリスの心理学者ドナルド・ウッズ・ウィニコットによって提唱されたもので、その成熟先は欧米の大人である
河合隼雄ら日本の心理学者たちは欧米よりも優しい日本の物語にヒントを求めたが、著者の引用先は欧米のガチ大人路線であり、それを日本に求めることは戦後民主主義と相容れないはずだ
本書は作家へのリスペクトが薄いこと、作家と作品の関係に集中して作品と読者の関係に触れないことなど、評論として偏りは見られるものの、素朴な欧米近代主義者からの批評としては的を射ている
自著の紹介が多く読みづらいが、考える触媒としての「大塚イデオロギー」は今も刺激的である
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