『風立ちぬ』 堀辰雄

宮崎アニメも観たいんだけど、金ないんだわ

風立ちぬ・美しい村 (新潮文庫)風立ちぬ・美しい村 (新潮文庫)
(1951/01/29)
堀 辰雄

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節子と“私”がサナトリウムで暮らした日々を綴る堀辰雄の代表作
“私”を視点とする小説ながら、『美しい村』とずいぶん毛並みが違った
主人公が節子通り過ぎる時間、世界に移っているのだ。“私”の自意識は後退して、節子が直面する死とそれによって見出された世界の美しさが全面に出ている
「自然なんぞが本当に美しくと思えるのは死んで行こうとする者の眼にだけだ」。かつて節子に語った言葉を彼女から突きつけられ、“私”は自然に美を感じられたのは死にいく節子と共にいたからだと悟った

各編によって小説の形態も変わった
「序曲」「春」「風立ちぬ」“私”がほぼ視点キャラで、自意識を吐いてにも節子へすぐに焦点がいく
そして、「冬」「死のかげの谷」では各文章の最後に日付が入る手記調となり、私小説に近い形式になる
ただし、その手記の“私”は絶えず節子の存在を意識し、「死のかげの谷」に至っては彼女が不在にも関わらず、傍らに節子がいるよう風景に触れていく
最愛の人の生と死に立会い、“私”という個人が一人で成り立っているわけではないことを知るのだ

『風立ちぬ』は昭和十一年(1936年)十月から書き始められ、最後の章「死のかげの谷」が昭和十二年(1937年)十二月軽井沢の川端康成宅で書き終えている
時代的には1937年8月に盧溝橋事件が起こり、日中戦争が始まっているが、節子のモデルとなった女性が1935年に亡くなっていることから、戦間期の文学と言っていいだろう
宮崎駿監督の『風立ちぬ』でも、ヒロイン菜穂子は戦争が本格化する前に死に、話の大半は片がつくという
映画を観ていないこともさることながら、戦間期における文学の在り様を知らないので、話の膨らましようがないのだが(苦笑)、方々で聞く感想を聞くとあまり宮崎作品と直接結びつけて読む必要はないと感じた
ただ宮崎監督が戦間期をどう解釈しているかには興味があるので、映画は映画でなんらかの形で見ておきたいと思う


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(2013/08/31)
アニメージュ編集部

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