『フリッカー、あるいは映画の魔』 T・ローザック

実家で見つけたミステリー本。どこが選んだのか分からないが、98’ベストミステリーらしい(複数ある?)

フリッカー、あるいは映画の魔〈上〉 (文春文庫)フリッカー、あるいは映画の魔〈上〉 (文春文庫)
(1999/12)
セオドア ローザック

商品詳細を見る

フリッカー、あるいは映画の魔〈下〉 (文春文庫)フリッカー、あるいは映画の魔〈下〉 (文春文庫)
(1999/12)
セオドア ローザック

商品詳細を見る


筋金入りの映画マニアのジョナサンが、伝説的な映画監督マックス・キャッスルの秘密を数十年かけて追う
このジョナサンは作者と同じUCLA(カルフォルニア大学ロサンゼルス校)出身であり、物語の途中までは自伝的に読める
特に導入は赤裸々のそれに見え、簡単に引き込まれてしまう
とにかくいろんな映画が作中に取り上げられていて、有名どころもあれば、サイレント時代の知られざる名作も・・・(ベラ・ルゴシの名前が何度か出てきたけど、エド・ウッドの映画はボロカスw)
圧倒的な映画知識が散りばめられる中、架空の映画監督とその映画、スタッフ、女優が絡んでくるもんだから、どこまでが本当で嘘なのかが判然とせず、まさにミステリー
マックス・キャッスルの実在性を高めるため、『市民ケーン』のあの人を引っ張り出すほど手をこんでいる

*ちなみ、ジョセフ・コンラッド『闇の奥』は、コッポラがベトナム戦争に舞台を変えて『地獄の黙示録』に翻案されたそうだ

いろんな魅力があるこの小説だが、主人公と、共に小さな映画館を営むクレア、シャーキーの対比が面白い。それぞれが違った種類のマニアなのである
クレアは映画の歴史、成り立ち、政治性を考慮し、真っ正面からその物語を味わおうとするインテリ
シャーキーはB級映画のくだらなしさぶり、俗悪ぶりを讃える“反正統派”
主人公は二人とは違う独自の視点で映画の技術、映像効果を探求する特撮マニア
この三者の関係性は、創作物に関するマニアのすべてを物語っているように思える。いわば、オタクの類型だ
ひとことでいえばそれぞれ“物語”“感覚(反物語?)”“技術”だろうか。何か作品について考えるときの、基本的な三つの姿勢なのだろう
(ちなみに僕の場合だと、“物語”“感覚”が強めで、“技術”は控えめかな)
キャラとしてもシャーキー、クレアはイケている。シャーキーの悪趣味ぶりは抱腹絶倒だし、クレアの舌鋒は人をずたずたに切り裂くがウィットにとむ。二人が絡んでいる部分は腹筋崩壊レベルである

作者はとにかく映画が好きだ。三者の姿勢について優劣はつけないし、俗悪映画だって認めている
だけど、余りに過激な映像効果のものが巷にあふれていることについてはちくりと批判する
物語のなかでも主人公のナニ(!)が洒落にならないことになってしまって・・・
この小説、映画のことだけに止まらず、終盤は想像を絶する超展開に突入(笑)。これは間違いなく傑作だ

08'12/25 少し加筆 
11’11/19 大幅に再編集
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

コメント

コメントの投稿

非公開コメント


(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
SF (25)
RSSリンクの表示
リンク
FC2 Blog Ranking
ランキング
アクセスアップ!?
検索フォーム
はてな
この日記のはてなブックマーク数
タグランキング

サイドバー背後固定表示サンプル

サイドバーの背後(下部)に固定表示して、スペースを有効活用できます。(ie6は非対応で固定されません。)

広告を固定表示させる場合、それぞれの規約に抵触しないようご注意ください。

テンプレートを編集すれば、この文章を消去できます。