『黒の軍団 チーム田原』

蝶野さんではなくて

黒の軍団チーム田原 旅立ちの章黒の軍団チーム田原 旅立ちの章
(1999/12)
田原 成貴

商品詳細を見る

黒の軍団チーム田原―2000年春 飛翔黒の軍団チーム田原―2000年春 飛翔
(2000/03)
田原 成貴

商品詳細を見る


かつての一流ジョッキー、田原成貴の調教師時代のルポルタージュ、というかファン本
違う意味で黒くなってしまって(苦笑)と、ネタ的に手にとったのだが、読むとしんみりしてしまった
<旅立ちの章>では、1999年に一年間の修行を経て調教師になったところ、管理馬ゼロからスタートとなった事情や、調教助手、厩務員などのスタッフの紹介、主戦騎手といえる上村洋行騎手や武幸四郎騎手のインタビュー、飼い葉や調教などの話せる範囲の工夫、所属の競走馬などが触れられる
<2000年春 飛翔>は、1999年を振り返った各スタッフの回顧に、施設の説明、四位洋文騎手や藤田伸二のインタビューがあるが、オフィシャルHPの説明にサテライトメンバーの座談会など内輪向けの箇所が多く、やや内容が薄かった
田原成貴はもちろん、ベテランの柳田三千男清水悦治らスタッフの談話もユーモアがあって面白く、競走馬を知る手がかりとなるし、後輩騎手のインタビューから競馬界で田原がどういう存在だったかが分かる

<旅立ちの章>には、“フサロー”こと関口房朗の息子に嫁いで、その管理会社の秘書をやっていた関口由加里による、馬セリの日記が収録されている
ちょうど、日本で初めてのセレクトセール(1998年)へ行った模様などが軽い調子で触れられていて、個人オーナーがどういう調子で馬を購入していくかがよく分かる
田原も同伴するのだが、脚の動きで体質の弱い馬を見抜いたりと、相場眼はさすが
セレクトセールではフサイチコンコルドの半妹にあたるバーレクイーンの1996(本の中ではセリ年の「98」)を1億4000万円で、トリプルワウの19981億8000万円で落札
血統の裏づけがあるとはいえ、さすがの金満である
バーレクイーンの1996=フサイチミニヨンは一度も走らず、繁殖に上がり函館2歳S勝ちから古馬になってもオープンで活躍したアンブロワーズを生み、トリプルワウの1998=フサイチオーレはオープン頭打ちながらサンデー産駒なので豪州で種牡馬になっているようだ

厩舎としての初勝利がフサイチゴールドで、出世頭が弥生賞勝ちのフサイチゼノンに、のちに神戸新聞杯を勝つフサイチソニック(勝ったときには転厩)と、所属馬のほとんどが関口房朗の馬が占める
<2000年春飛翔>の巻末には、フサイチゼノンが弥生賞を勝ったときのグラビアで締められているが、皮肉なことにこの直後からフサイチと田原厩舎の関係は悪化する
フサイチゼノンの皐月賞出走を巡って揉め、ゼノンの脚部悪化に不信感を持ったフサローはフサイチの馬を田原厩舎から引き上げてしまうのだ
それでも2000年には初年の倍の勝ち星を上げたが、2001年には田原本人が銃刀法違反、覚せい剤所持で逮捕され、厩舎は解散してしまう
アンケートで田原成貴というキャラクターを作っているという答えていて、自分を追い込むためにわざと大口を叩き、騎手時代は結果を残してきた。同時にその時代から才人特有の脆さも見せていて、才能だけでは通用しない調教師の世界では、不安に押し潰されたのだろう
『最強の法則』のコラムは好きだったけど、残念だよ


ありゃ馬こりゃ馬 1 (ヤングマガジンコミックス)ありゃ馬こりゃ馬 1 (ヤングマガジンコミックス)
(1994/07)
田原 成貴

商品詳細を見る
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

コメント

コメントの投稿

非公開コメント


(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
SF (24)
RSSリンクの表示
リンク
FC2 Blog Ranking
ランキング
アクセスアップ!?
検索フォーム
はてな
この日記のはてなブックマーク数
タグランキング

サイドバー背後固定表示サンプル

サイドバーの背後(下部)に固定表示して、スペースを有効活用できます。(ie6は非対応で固定されません。)

広告を固定表示させる場合、それぞれの規約に抵触しないようご注意ください。

テンプレートを編集すれば、この文章を消去できます。