『危機の日本人』 山本七平

タイトルとは印象が違います

危機の日本人 (角川oneテーマ21)危機の日本人 (角川oneテーマ21)
(2006/04)
山本 七平

商品詳細を見る


外国人から日本人はどう見えてきたのか。日本人論で有名な山本七平が、内外の記録から日本人の本質に迫る
タイトルと内容に隔たりがあって、半分が外国人から見た日本人の記録四割が稀代の説話小説『人鏡論』と富永仲基からの日本人論が占めている
最終章に日本人の強みと弱点から今の危機をどう乗り切るかというテーマで結び、かろうじて格好をつけている
しかし、タイトルどおりの内容でないおかげで、著者が自由に論じており、下手な危機感に引きずられずに冷静な検討がなされていた
日本人論には宿命的に、南北東西に細長い日本列島の住人を「日本人」でまとめてしまう難しさが伴うものの、本書は最大公約数に近い日本人像を提示している

この手の本は外国人=西洋人と了解されて、視点が偏りやすい
本書ではさすが山本七平というべきか、秀吉の朝鮮征伐で拉致された姜沆が著した『看羊録が引かれていて、儒教を純化した朝鮮人から見た日本を紹介している
儒教偏差値において日本は劣等生であり姜沆も文化面ではそうした評価を下すものの、律令政治から武士社会に転換したことを肯定的に評価していて、ある程度取り入れないと日本の武力に対抗できないと本国に提言している
姜沆が強調する日本の特徴は、戦国時代ならではの能力主義に、使えれば何でも取り入れる機能至上主義茶器などに傾倒する収集癖
能力主義は江戸時代に弱まるものの、それでも身分を越えた登用はあったし、平等に見える戦後社会でも企業間、企業内では横の競争が激しかった
機能至上主義、自前のイデオロギーを持たないこととセットで、使えるものは「借り物」として何でも乗り換えていける。ノリの良さは各時代に共通するところだと思う
収集癖海外に対する好奇心の強さだろう
『看羊録』の章は、視点になる人間の背景も押さえておこうと、李氏朝鮮の体制、習慣にも触れているので、とても勉強になる

作者不詳でいつ書かれたかもはっきりしない『人鏡論』では、儒教・仏教・神道がフィクションであると断定され、すべてが金にひれ伏すと説かれる
しかし、民衆は経済万能と知りつつも、どこかに「」を期待していて、儒教・仏教・神道がフィクションであると認めたところからその地平が開かれるという
富永仲基によれば、その「誠」とは「自然」であり、それに従うのが「であるとする。「道」に従えば、儒教・仏教・神道に逆らってもかまわない
さらに富永は、加上という考え方を持っていて、「すべての思想はその時代の要請となる発想が、言葉となって順々に上へ積み上げられて現在に至ったものとみた」(p182)
思想は「その時代」で区切れてしまうから、違うものが今の時代に来てもかまわないことになり、上記の機能至上主義につながるのだ
最後の、現代日本に対する提言はおおざっぱながら痛快で、なぜ外圧と弱腰論が生まれるメカニズムをうまく説明している。タイトルや裏表紙のノリでは量れない、読み応えのある本だった
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

コメント

コメントの投稿

非公開コメント


(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
SF (25)
RSSリンクの表示
リンク
FC2 Blog Ranking
ランキング
アクセスアップ!?
検索フォーム
はてな
この日記のはてなブックマーク数
タグランキング

サイドバー背後固定表示サンプル

サイドバーの背後(下部)に固定表示して、スペースを有効活用できます。(ie6は非対応で固定されません。)

広告を固定表示させる場合、それぞれの規約に抵触しないようご注意ください。

テンプレートを編集すれば、この文章を消去できます。