『中国の歴史』 第7巻 陳舜臣

今の中国を考える前提

中国の歴史(七) (講談社文庫―中国歴史シリーズ)中国の歴史(七) (講談社文庫―中国歴史シリーズ)
(1991/04/05)
陳 舜臣

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中国五千年をたどった大著の最終巻。アヘン戦争から抗日十五年戦争までを扱う
清朝の斜陽と列強の帝国主義が重なり、アヘン戦争、太平天国の乱、アロー戦争、日清戦争、義和団の乱、これでもかと内乱と外敵の侵犯が起こり近代中国の苦悩が始まる
アヘン戦争以降の外国の圧力はまったくごり押しで、中国側からすればなんの名分もない
著者があえて中国側の非として指摘するのは、中国が対等の立場で他国と付き合おうとしてこなかったこと
ネルチンスク条約という前例がありながら、イギリスの使節に対し三跪九叩頭を要求するなどという錯誤を犯し、李鴻章の領土切り売り外交も外交音痴と手厳しい
現代中国はこうした経験と反省に踏まえて行動しているわけで、隣国を知る上でも、向こうから見た日本を知る上でも優れた通史と思う

著者が『阿片戦争』、『太平天国』、日清戦争の『江は流れず』と小説で取り上げた時代だけあって、細部に渡り検討されている
義和団については、反洋務派で西太后の信任を受けた毓賢が乱の前年、山東巡撫に任命されていて、暴動を起こした人々を“団練”に組み込もうとしていたという。もとから清朝の親衛隊として取り上げる動きがあり、北京に迫られたから公認したというような後ろ向きのものではなかったのだ
ただし、保守派内も割れていて、栄禄は公使館に空砲を撃たせたし、袁世凱は自分の任地から義和団を叩きだした
日清戦争の軍費流用云々は諸説あるにしても、義和団についての西太后の政治判断は責められてしかるべきものだろう
太平天国については、キリスト教と土着の信仰から生まれた“神がかり”で動く宗教集団と滅清復明を唱える伝統的な民族組織が結びついた反乱ながら、教祖の洪秀全は客家の出であり、同じく客家出身の革命家たちに大きな影響を与えたという

孫文など辛亥革命を起こした活動家の多くが日本に留学していたことは良く知られているが、時代の思潮だった共産主義の影響も大きい
そもそも辛亥革命の理念である「三民主義」のなかの、民生主義は共産主義を意味していたし、第一次大戦後は列強に失望しソビエトに傾斜していく
当時レーニンがとっていたネップ政策の精神を自分の民主主義と一致していると評価し、蒋介石をモスクワに派遣して赤軍の組織を学ばせそれにならった党組織を作り上げたという
その後の争いで国民党と共産党がイデオロギー的に相容れないように思えてしまうが、中共政府が成立する下地はここにあったのだ


前巻 『中国の歴史』 第6巻

阿片戦争(前) 陳舜臣中国ライブラリー (1) (陳舜臣中国ライブラリー)阿片戦争(前) 陳舜臣中国ライブラリー (1) (陳舜臣中国ライブラリー)
(2000/06/05)
陳舜臣

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