実写版『魁!!男塾』に見た精神力信仰

*2010年7月20日に書いた記事を分割、編集したものです

秀麻呂が大塾旗を持ち上げるところでは、「精神力信仰」について考えさせられた
物理的に無理なことを「精神力」でカバーできるという発想は、いったいどこから来るのだろう
人間が体を酷使したときに、自己防衛本能として早めに痛みのサインを送ってくる。筋トレの際などは、この痛みのサインを乗り越えて、体に負荷を与えないと筋肉がついてこないということはある。体のサインを乗り越える「精神力」は鍛えるためには確かに必要だ
しかし、体の能力を越えるような「精神力」というのは、常識的にはあり得ない
これをあると言ってしまうことは、体育的というより宗教的な信仰と言っていい

「精神力」を信じる側から考えると、魅力的なのは自分の無能力を「精神力」の欠如に還元できるところだろうか
「精神力」の多寡ですべてを考えれば、失敗を「精神力」を継ぎ足すことで解決可能となる
仮に精神力を無限大と信じれば、すべての人間が“平等”な力を持っていることになる。どんな人間にもチャンスが与えられていることになるのだ
もちろん、そうした信仰は絶えず厳しい現実に打ち砕かれていく
しかし、何度打ち砕かれても、「精神力」への信仰心さえ持ち合わしていれば、また再挑戦することができる
こう考えると、敗者の逃げ込む場所としては、なかなか魅力的だ

また「精神力」でどうにかなるという発想には、人間の能力への過度な信頼ありそうだ
運命」というもう一つの逃げ道を塞いでいる。“人事尽くして天命を待つ”の後半が抜けているのだ
意外にこの「精神力」信仰は、近代的なものなのかもしれない

相変わらず結論は出ないが、乱読しつつこの問題のヒントを探してみたい

*2012’12/04 追記
 「精神力信仰」の淵源は中国の気功やアニミズムのオーラで、近代になってその宗教的背景が忘れられて、なんとなく「精神力」に置き換えられたものな気が
 昔の人の修行法は、心身のバランスを重視していたが、西洋文化が入って精神と肉体を分離して考えるようになったイメージ



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宮下 あきら

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