『花神』 上巻 司馬遼太郎

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花神〈上〉 (新潮文庫)花神〈上〉 (新潮文庫)
(1976/08)
司馬 遼太郎

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戊辰戦争における官軍の司令官、大村益次郎こと村田蔵六は、長州藩の農村に生まれた。一介の村医で終わるはずの彼は、動き始めた時代の中、緒方洪庵の適塾で蘭学を学び医者として翻訳者として羽ばたいていく。技術の視点から、幕末・維新の激動期を描いた長編歴史小説

巻数こそ上中下三巻構成ながら、一本一本が太い
範囲は『竜馬が行く』と時期は重なるものの、戊辰戦争も含むので『翔ぶが如く』までの隙間を埋めるシリーズになりそうだ
第1巻では緒方洪庵の適塾で蘭学を学び、宇和島藩を経て、長州藩専属で仕えるまでを描く
当時の洋学者は、幕府の統制からほぼ必然的に蘭学者、それも医学者でなくてはならず、村田蔵六もまた医者としての活動をこなしていて、臨床や死体の解剖を行なっている
ただし、蔵六はその人柄から医者の道への限界を感じていて、宇和島藩での仕事をきっかけに軍事関係へ傾いていった
司馬は彼を技術者」(テクノラート?)と見なしていて、「思想家」吉田松陰「戦略家」高杉晋作の後に必要とされる人材として評価していた。作中の彼を分かりやすく評すると、かつてのオタクなのだ

彼が蘭学を教える弟子の一人に、フォン・シーボルトの娘イネが登場していて、タイトルどおり「花神」のような華を添えている
『風雲児たち』ではギャグタッチで描かれた蔵六とイネの間柄が、この小説では艶っぽい!!
精神分析に陥らない外側から手繰っていくような心理描写で、女性側にもかなり踏み込んで書いている
その一方で、人間のこころというのは本人にも本当のところは分からないという良識があって、謎の部分をあえて残しているのも上手い!
イネに対する蔵六の態度も自分を崩さない保守性を表していて、彼のその後の生き方を暗示しているようだった
ただその場を盛り上げるエピソードではなく、人物の本性を裏づけるものにしているだから、名人芸というしかないだろう

蔵六は蘭学の先鋒として走り出すが、時代の流れは速い
もう、蘭学は古い。これからは英語と洋行の時代と姿を現わすのが、福沢諭吉
次代の開明派として華々しく登場し、蔵六の保守性を浮き立たせるせる役割を担っているようだ
ただこれは小説としての演出なのであって、実際の福沢が楽天的な開明派だったわけじゃない
彼なりの攘夷論があって、積極的な文明開化をススメていったはずなのだ


次巻 『花神』 中巻

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