『経済人の終り』 P・F・ドラッカー

単行本は文字が大きくて読みやすい

ドラッカー名著集9 「経済人」の終わりドラッカー名著集9 「経済人」の終わり
(2007/11/16)
P・F・ドラッカー

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第一次世界大戦後、なぜ全体主義がヨーロッパに広がったのか。ドイツから亡命したドラッカーが29歳のときに発表した処女作
巻末にある初版の序文に触れられているように、初版は1939年ながら、元の論文が書かれたのはヒトラーが政権についた1933年まさに全体主義が進行する現場で本書は編まれたのだ
まえがきで「政治の書」と宣言し舞台をヨーロッパに限定しつつも、ブルジョア資本主義とマルクス社会主義への失望が全体主義の興隆を招いたと指摘し、そこに陥らないために「第三の道」を探せというメッセージは戦後の欧州を先取りしていたかのようだ
戦後以降の序文では、自分の予想とずいぶん違ったという漏らすものの、欧州の危機や資本の移動に振り回される世界経済を見れば、本書の問題提起は今なお通用してしまう

当時の政治と経済の話から踏み込んでいるので、アーレントの本よりは読みやすかった
ブルジョア資本主義は、経済的進歩こそが個人の自由と平等を促進し、私の利益を追求することで自由で平等な社会が訪れると期待した
対するマルクス社会主義は、私の利益を廃止することで自由で平等な社会が実現するとした
面白いのが、この相反するように思われる二つの立場の前提に、経済人」という概念があることだ

 経済的満足だけが社会的に重要であり、意味があるとされる。経済的地位、経済的報酬、経済的権利は、すべて人間が働く目的である。これらのもののために人間は戦争をし、死んでもよいと思う。そして、ほかのことはすべて偽善であり、衒いであり、虚構のナンセンスであるとされる。
 この「経済人」の概念は、アダム・スミスとその学派により、「ホモ・エコノミコス」として初めて示された。「経済人」とは、常に自らの経済的利益に従って行動するだけでなく、常にそのための方法を知っているという概念上の人間である。(p44)

社民主義者の経済への楽観ぶりが以前から不思議だったが、これで分かった。人間は放っておいても利益を追い求めるので、経済は自然に成長すると素朴に考えていたのだろう
しかし、「経済人」への信頼は1929年のアメリカ発大恐慌でもろくも崩れ去った
この「経済人」に代わる次の概念を作ろうというのが、彼の経営哲学の原点なのか

・・・・・・経済の成長と拡大は、社会的な目的を達成するための手段としてしか意味がない。社会的な目的の達成を約束するかぎりにおいて望ましいものであるが、その約束が幻想であることが明らかになれば、手段としての価値は疑わしくなる。(p35)

『マネジメント』の片鱗がすでに表れている

巻末にチャーチルの書評、旧版のまえがきや序文がまとめられていて、ドラッカーがその時々の本音をもらしている
アーレント絡みの文章が面白くて、多くの全体主義関連の本のなかで彼女と私しかその本質に触れなかったと言い、『全体主義の起源』を「感動的」とさえ評しつつも、ドイツ知識人のスノッブと非政治性を批判したことに彼女もその例外でないとチクリ
実際は全体主義の性格や反ユダヤ主義の解釈などアーレントと共通するところの多いのだが、「私の本が最初だった」と念を押すところは、亡命ユダヤ人同士でライバル意識があるような(笑)
ドラッカーの全体主義はナチス・ドイツ中心でアーレントと少し方向性は違うものの、分かりやすいこちらの方が「全体主義」を考える入口としてお薦めできる
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