『殉死』 司馬遼太郎

運の強さじゃ、乃木<東郷は揺るがない

殉死 (文春文庫)殉死 (文春文庫)
(2009/08/04)
司馬 遼太郎

商品詳細を見る


日露戦争の第三軍の司令官として有名な乃木希典は、なぜ明治帝の崩御に殉じ妻と自死したか。乃木の価値観を源流から辿る
乃木愚将説が戦後に広まったのは、これと『坂の上の雲』がきっかけとなったらしい
愚将、愚将、愚将、そして無能。軍人としての能力を評するとき、作中ではくどいほど念押しがなされている
何冊か日露戦争関連の本を読んだ後なので、僕個人は乃木愚将説には懐疑的になっている。本作からは、司馬の旧陸軍に対するトラウマであり、「軍神」の虚飾を剥がすという邪気を感じてしまう
しかし、司馬は乃木個人は嫌いになりきれないようで、思想家として見ていく時にはどこか甘さがある
本当は西郷隆盛のように、愛らしく扱いたい変人なのかもしれない

日露戦争、特に旅順戦に関しては、『坂の上の雲』と当然ながら同じような評価をしている。乃木の無能と不幸への罵りが目立つぐらいだ
気になったのは、むしろ思想面で陽明学の影響を純粋に受けているということだ

 自分を自分の精神の演者たらしめ、それ以外の行動をとらない、という考え方は明治以前までうけつがれてきたごく特殊な思想のひとつであった。希典はその系譜の末端にいた。いわゆる陽明学というものであり、江戸幕府はこれを危険思想とし、それを異学とし、学ぶことをよろこばなかった。・・・(略)・・・陽明学派にあってはおのれが是と感じ真実と信じたことこそ絶対真理であり、それをそのようにおのれが知った以上、精神に火を点じなければならず、行動をおこさねばならず、行動をおこすことによって思想は完結するのである。行動が思想の属性か思想が行動の属性かはべつとして行動をともなわぬ思想というものを極度に卑しめるものであった。(p110-111)

明代の儒者、王陽明が起こした実践重視・朱子学批判の学派で、日本では江戸初期に中江藤樹から熊沢蕃山に受けつがれた。その影響を受けた兵学者・山鹿素行は、播磨赤穂藩で藩士教育にあたり、赤穂浪士の行動に強い影響を与えたという
“実践者”としては大塩平八郎と長岡藩を率いた河井継之助がいて、吉田松陰が相続した吉田家は代々山鹿流軍学を教える師範家だった
乃木は、松蔭の叔父・玉木文之進から直接、薫陶を受けた
乃木の、他人を意に介さない偏屈さは、たしかに陽明学的だろう
が、乃木の行動自身は、自分の思想をよそさまに押しつけない、優しいものである
陽明学に傾倒したことが、家に仕えるサムライというより、主君個人への忠誠を捧げる、江戸以前の武士に近い価値観をもたらしたのか

いろいろ知恵がついてしまって、単純な乃木愚将説には疑いをもっている
ただ司馬遼太郎がその根源というと、そうでもないようで、実は戦前、乃木を“軍神”とされた時代から愚将説はあったらしい
あるサイトさんによると「大した手柄もなく負けてばかりなのに伯爵になって!」と当時の政治家の回顧録に載っていたという(いずれ自分で確認したい)
陸軍としては内外のイメージを守るために乃木を英雄として扱うけれども、六万の兵が死んだこと事実そのものは隠しおおすことはできず、乃木が主犯として指弾する向きがあったのだろう
司馬は資料からそういう陰口を見つけて、乃木のイメージを膨らませたかもしれない
とかく“軍神”となってしまった人なので、毀誉褒貶は激しい。いろんな人の話を聞いて総合判断する他ない。足して二で割るではなく


日露戦争については、まだまだ気になる著作もあるので、しばらく追いかけてみたいと思います
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

コメント

乃木が愚将であるかどうかは、司馬作品と吉村作品しか読んでない自分には判断つきかねるところがあります。
今後のクロノクルさんのレビューに期待したいです。
松陰らに至るまでの陽明学の影響についての記載、非常に参考になります。
自分、1月に赤穂城に行ったのですが、赤穂城の縄張りには山鹿素行の指導がかなり入っているようでした。
銅像もありました。
素行が兵学以外に思想面でも赤穂浪士に影響を与えていたというのは十分に考えられると思います。
Re: タイトルなし
『坂の上の雲』にしても『海の史劇』にしても、40年ぐらい前の作品なのだから、その後研究が進んで違う事実が出てくることもあるわけですよねえ
司馬遼太郎が『坂の上の雲』のドラマ化を渋ったのも、一つにはそれが原因のようですよ
でありながら、司馬小説のイメージで日露戦争の史実のように語られているのは、問題です
かくいう私も、他の本を当たるまでは、そうだったわけでして(苦笑)

赤穂浪士に関しては、ドラマ以上のことを何も知らないんですよねえ
山田風太郎の忍法抄シリーズを読んだぐらいで
赤穂浪士と吉田松陰が山鹿兵学でつながっているなんて、初耳でした
この話にも奥がありますねえ

コメントの投稿

非公開コメント


(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
カテゴリ
SF (24)
RSSリンクの表示
リンク
FC2 Blog Ranking
ランキング
アクセスアップ!?
検索フォーム
はてな
この日記のはてなブックマーク数
タグランキング

サイドバー背後固定表示サンプル

サイドバーの背後(下部)に固定表示して、スペースを有効活用できます。(ie6は非対応で固定されません。)

広告を固定表示させる場合、それぞれの規約に抵触しないようご注意ください。

テンプレートを編集すれば、この文章を消去できます。