『海の史劇』 吉村昭

しばらくは去年からの流れを受けて

海の史劇 (新潮文庫)海の史劇 (新潮文庫)
(1981/05)
吉村 昭

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前代未聞の大艦隊による太平洋回航をなしとげたロジェストヴェンスキー提督を中心に、日本海海戦、日露戦争を冷静に捉えた吉村昭の歴史小説
『坂の上の雲』が日本人にとっての日露戦争ならば、この小説は海の男たちにとっての日露戦争といったところだろうか
前半の大半はバルチック艦隊の苦心にあてられる
日英同盟への警戒感から、水雷艇の幻に踊らされ、各地の港では長居できないように圧力をかけられる。本国からは足手まといの旧式艦があてがわれ、良質の石炭を確保することもままならず、艦隊は戦場へたどり着く
文章の多くは事実を追いかける記録文学調ながら、要所で風景の描写や会話が入って彩りを添え、タイトル通りに史劇の香りがしてくる
ただ、歴史小説を読み慣れていない人には、起伏が少なく入りにくいのは明らか
初出の事実が多いと読むスピードも遅くなりそうなので、『坂の上の雲』が読み終えて日露戦争の概略を理解した人向けの小説だろう

資料の読み方が違うのか、『坂の上の雲』とは異なる光景が浮かび上がる
例えば、旅順攻撃に関して、乃木の三軍は満州総司令部の指示をいろいろと受けていたこと
そもそも陸軍の体質として要塞攻撃を軽視しながら、総司令部は要塞そのものの陥落にこだわった海軍は旅順艦隊を沈めて欲しいとしているのに、だ
それは、本国から届いた28センチ砲の使用法について、艦隊への砲撃ではなく要塞攻撃に用いるように、総司令部から指示が出ていたことからも分かる。むしろ乃木は海軍に気を遣って、艦隊への砲撃を続けていたのだ(203高地を取っていないので、効果はなかったが)
命令者の名前は、総司令官大山巌であり、大山の考え=児玉源太郎である。旅順の犠牲を乃木とその幕僚だけに帰することはできない
ロジェストヴェンスキーに関しては、ロシアを代表する名提督とする。でなければ、さすがの皇帝も大航海の指揮官に採用しないということだろう
しかしながら、遠征の途中から精神を消耗し、仏領インドシナのガムラン湾以降に独裁的に誤った決断を下すようになる。作中では、彼の焦燥を描くのがこの小説の目的といわんばかりに、その経過を克明に追っている

記録文学調だけど、『坂の上の雲』より事実に即しているとまでは、言えないか。両作品とも一次資料から書かれたものであって、それぞれの着眼点が違う
例えば、同書では日本海海戦で戦艦が沈まぬシーンを爆発しやすい下瀬火薬が原因で沈まないと書いていたが、『坂の上の雲』ではそのことは旅順環隊との海戦で反省され、日本海海戦では近距離では徹鋼弾を使うようになったとしていた
作戦面での秋山真之の働きなどは全く触れられず、全て東郷平八郎に集約しているなど、ロシア視点の比重が多い分、連合艦隊側が省略されているところが多い
これはもう、書き方の違いなので、それぞれを読んで補完しあう方がいいだろう


『坂の上の雲』最終巻の記事で触れた『機密戦史』の影響がここでも見られる

 作戦指導に欠陥があった乃木第三軍司令官は、ステッセル将軍と水師営で劇的な会見をおこない、それは美化されて国民につたえられたが、その背後では、乃木大将に対する責任追及の動きがすすめられていた。
 (中略)
 日本陸軍が正式に作成した機密戦史中にも、その間の事情が詳しく述べられていて、「もし児玉がその書類に署名していたならば、乃木将軍の切腹は、この時に実現せられたかも知れぬ」と、明記されている。(p149)

さて、なぜ乃木の指導は追求されなかったのか
その答えはおそらく、追求すると旅順攻撃を指導してきた大山巌総司令官、児玉総参謀長にも累が及び、経歴に傷がつくからではないだろうか
彼らの傷は間違いなく、藩閥の傷となるのだ

機密日露戦史機密日露戦史
(2004/05/25)
谷 寿夫

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まあ、あまりコレをあてにするのもどうかと思うが
日本陸軍が正式に作成した「機密戦史」って、変な言葉遣いだもんなあ
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コメント

お~、ついに読まれましたか。
しかし、ロジェストヴェンスキーをロシアを代表する名提督とするのは無理があるような気がするんですよね~。
ロジェストヴェンスキーが北海で日本海軍の水雷艇に襲撃されることを恐れたってあったけど、後知恵ですが、日本海軍にそんな能力がある訳ないのにと思うんですよ。
乃木が追及されなかった理由はいろいろとあるとは思いますが、あとあとに禍根を残したのは間違いないような気がします。
今年もよろしくお願いします。
Re: タイトルなし
こちらこそ、今年もよろしくお願いします

ロジェストヴェンスキーについては、“ロシアの中”では名提督という言い方はできると思うんですよ(苦笑)
水雷艇については、日英同盟を深読みすれば、
「イギリスで水雷艇を作る」→「日本人が乗る」→「北海で襲撃する」という発想もありえなくもないかと
あくまでロシア側から考えればですが

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