『日本の軍隊-兵士たちの近代史』 吉田裕

日露戦争前後でこうも変わるか

日本の軍隊―兵士たちの近代史 (岩波新書)日本の軍隊―兵士たちの近代史 (岩波新書)
(2002/12/20)
吉田 裕

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戦前の日本の軍隊はどのような役割を担い、いかに変質し敗北していったか。兵士たちの視点から見る、旧軍の歴史
数年前に読んでの再読。覚えているより数段いい新書だった
明治から太平洋戦争までの日本軍について触れていきながらも、その時代の政治状況、社会問題、風潮までも鏡のように映しているのだ
それは、旧軍が国民皆兵を前提とした軍であり、国民そのものを母体としていたからだろう
しかし、旧軍は国民を徴兵しながらも、「国民軍」になりきれなかった
統帥権を盾とした軍部は、日露戦争後天皇の軍隊として自らの権域を守ることに固執し、新しい時代の流れを拒んでいったのだ
本書で語られたことは、まさに明治国家の興亡そのもの。退けられた改革派の提言や兵士の生の声も拾われていて、コンパクトながらも優れた通史となっている

この本を読み返したおかげで、幾つかの疑問が解けて戦前の日本の姿が見えてきた
まず、軍部とは、単に国防のための作戦本部ではなく、独自の政治勢力であること。政治勢力であるからして、イデオロギーを持っている

 さらに日露戦争後のこの時期は、「農本主義的」なイデオロギーに基づく施策が次々に講ぜられた時期でもあった。日本資本主義の発展とそれに伴う都市化の進展は、徴収された兵士の中の都市出身者の割合をしだいに増加させたが、軍当局者が不信と警戒の眼を向けたのは、批判的精神や新しい生活感覚をより多く身につけた、これらの都市出身者だった。・・・(中略)・・・
 こうした中で、軍部は兵営内で兵士に対する農業教育を行なうことを奨励するようになる。・・・(中略)・・・また、都市生活の「悪風」から兵士を隔離するために、改正軍隊内務書でも、兵士や下士官の休日における外出を事実上禁止するような措置が講じられている。保守的な農村と農民こそが、軍部の理想だったのである(p131-132)

まるで西南戦争を起こした鹿児島私学校が復活したかのような内容ではないか
こうした命令は、統帥権に由来する「軍令」という形で法令化されたため、その改正には閣議等の複雑な手続きを踏まなくてもいけなくなり、自然と組織の硬直化を招くことになってしまった
戦前の軍隊は、農村の青年を「文明開化」するとともに、限られた身分上昇の手段でもあった。農村では凱旋した青年を歓迎し、在郷軍人会が幅を効かせた
ヨーロッパの軍隊は、革命で政治を追われた貴族の牙城だったりするが、日本のは貧窮する農村をバックにしていたのだ
農村と都市の対立がそのまま国防に持ち込まれては、総力戦への体制作りが進まないのも、むべなるかな

この本は岩波新書だが、頭から軍隊を否定しているものではない
明治維新以降、軍隊が一般庶民に「文明開化」を伝える役目を果たし、市民生活の近代化に貢献したことを評価している
起床から就寝までのスケジュールを経験することで近代的な時間の概念を身につけ、靴を履き行進することで近代的な身体性を得、軍隊の言語「兵語」から共通の言語形成が行なわれた
また、軍隊生活で洋食が伝播し、国民病と言われた脚気が解消したこともある
創設当初から、軍隊への徴兵は嫌われたものの、「近代の窓」として特に農村の青年にとり「憧れ」の対象でもあったのだ
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