『竜馬がゆく』 第七巻 司馬遼太郎

原子炉の炉心が結局は溶けきっていたという話
「メルトダウン」という言葉が独り歩きしちゃうのが、怖かったのだろうけどさ・・・

竜馬がゆく〈7〉 (文春文庫)竜馬がゆく〈7〉 (文春文庫)
(1998/10/09)
司馬 遼太郎

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薩長の秘密同盟がなるも、竜馬の亀山社中は船を長州に返上したため、稼ぎ口を無くし困窮していた
そこに登場するのが、土佐藩の参政、後藤象二郎。竜馬は彼と渡り合って、社中を土佐藩の面倒を受けつつも独立した組織として存続させることに成功する。“海援隊”成立の物語といえるのが第七巻
土佐藩が竜馬に近づいたのも、幕府の威信に疑いを抱いて佐幕一辺倒では時勢を乗り切れないとの打算から
竜馬としても、薩長が独走した革命では独裁政権が生まれてしまい、理想である諸勢力による議会制から遠のいてしまう。是非、土佐藩に薩長を掣肘する第三の柱になってもらいたい
両者の意図が“海援隊”として結実する

7巻に到っても、アクの強い登場人物が出てくる
長崎の貿易商人お慶、土佐藩参政・後藤象二郎、公家離れした大策士岩倉具視・・・
特にお慶は異色の存在で、御用商人以外に禁止されている外国との貿易に手を出し、巨万の富を築く。そのために諸藩の藩士をヒモにして、密貿易に噛ませるなどかなりの遣り手なのだ
男好きとしても有名で、社中の困窮に目をつけて竜馬に狙いをつけたりも(それがどうなったかは、読んでのお楽しみ)
その一方で、シリーズ通して存在が薄れないのが、土佐藩の実権を握る山内容堂
乾退助(後の板垣退助)らに焚きつけられ、薩長に遅れじと上洛し四賢侯会議に出るものの・・・

 あるとき、四人そろって二条城に登城したとき、期せずして、
「せっかく二条城へ来たのだ。奥に老中がいる。あいさつしてゆこう」
 と三人がいったが、島津久光だけは頑として応ぜず、火鉢をかかえてすわっている。
(こいつ)
と容堂はおもったのであろう。いきなり久光の襟がみをつかみ、「いざ参られよ」とずるずるひきずった。「なにをなさる」と必死に抗ったが、容堂の力に勝てない。
 そのうち容堂は力まかせに久光を突き放したため、久光ははずみをくらってどうと倒れた。
容堂の薩摩への感情はここまでになっている。(p357)

ここまで来て、いったい何をやっているんだか(笑)
結局、倒幕に引き込まれるのを嫌った容堂は、軍勢ごと土佐に引き返すという、洞ヶ峠にもならない、喜劇的な立ち回りに終始する
彼も幕末に接していなければ、一流の名君と評されたはずで、時代が寸前に変わったためにとんだ道化役を引き受けている。司馬がしつこく取り上げるのも、竜馬の出身藩というだけでなく、彼と対照的な旧時代人の代表としてなのだろう

そんな迷走する土佐藩を救い、革命戦争路線を防ぐ切り札が「大政奉還」で、その後の政権構想を記したのが有名な「船中八策
珍しく司馬は具体的な参考文献として『坂本竜馬と明治維新』(マリアス・B・ジャンセン)を挙げていた。プリンストン大学のジャンセン教授いわく、「船中八策」に明治時代に展開した近代的諸概念が、全て盛り込まれていたという
坂本竜馬自身の本質は思想家というより実務家なのだが、「万国公法」を翻訳させるなど出版事業にも手を広げていた。日本の政治思想史の中でも、坂本竜馬の存在は大きいようだ

坂本龍馬と明治維新坂本龍馬と明治維新
(2009/12)
マリアス・B. ジャンセン

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