『攘夷の幕末史』 町田明広

長州「キレちゃいないよ。俺をキレさせたら大したもんだよ」

攘夷の幕末史 (講談社現代新書)攘夷の幕末史 (講談社現代新書)
(2010/09/16)
町田 明広

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幕末の人間にとって、「攘夷」とは何だったのか。幕末の対立とは、「攘夷vs.開国」だったのか。ペリー来航以前から外国船との関係を辿り、そこで育まれた「攘夷」の観念を追う。幕末の志士たちが抱いた外国観に迫った新書

本書がまず強調するのは、幕末の人間にとって「攘夷」も「尊王」も常識的な思想だったということ
佐幕派も過激派も「攘夷」では一致していて、違いはそのやり方による。通商条約を通じて外国に対抗できる軍備を整える「大攘夷」と、即座に条約を破る「小攘夷」に別れていた
「尊王」についても、幕府の威信を補強するため、朝廷から内政の大権も委任されたとする「大政委任」という概念が持ち出されたように、天皇を最上位の権威とすること自体に変わりはない(「大政」が委任されていたから、「大政奉還」ということになる)
この辺り、実は『竜馬がゆく』で言及されていることと全く同じ。坂本竜馬が感情的に過激派の長州をひいきしていたことなど、本書の指摘と小説の描写が一致するところが多い
司馬の先見性を証明してくれる新書なのだ

みなもと太郎の『風雲児たち』を読んでいる人には、釈迦に念仏なのだが

1808年(文化五年) フェートン号事件(英蘭戦争中、イギリス船が長崎港湾に侵入)
1824年(文政七年) イギリス捕鯨船が西南諸島宝島に来航。薩摩側と戦闘(初めての外国人との武力衝突)
同年   常陸・大津浜にイギリス捕鯨船の船員が上陸
1825年(文政八年) 無二念打ち払い令
1837年(天保八年) モリソン号事件(浦賀に来航したアメリカ商船に砲撃)
1840~1842年 アヘン戦争
1842(天保十二年) 薪水給与令(打ち払い令の転換)
1843年(天保十四年) ロシア船が択捉島に漂流民を護送
同年   イギリス船サマラン号が八重山諸島に上陸し測量
1844年(天保十五年) フランス船アルクメーヌ号が那覇に来航
1846年(弘化三年) アメリカ東インド艦隊が浦賀に来航
1849年(嘉永二年) イギリス軍艦マリナー号が浦賀沖に侵入、江戸湾の測量を実施

本書の指摘するところ、これだけの外国船が来航するようになっていた
モリソン号事件など、幕府はすでに「攘夷」を実行していた。それが限界に達して妥協を重ねるうちにたどり着いたのが、通商条約の締結であり、「大攘夷」という考え方だった
それに対して、朝廷や諸藩は「小攘夷」の立場を堅持するが、それにも理由がある
幕藩体制下、海外との貿易が幕府に独占され、諸藩は一部を除いて海外の情報を直接知りうる立場になかったことだ。吉田松陰が捕まったように海外渡航も許されていない。これでは幕臣とそれ以外で認識の差が埋まらないのは当然のことだ
そして、この貿易利権の独占は、開国が進むにつれ幕府の力が増すことを意味し、諸藩の猜疑を招いて第二の導火線となる

多くの点で啓蒙されたのだが、少し異論があるのは、日本で生まれた華夷秩序観を、ヨーロッパから伝わった帝国主義の手法と安易に接続してしまうところ
東アジアの冊封体制は、日本が歴代の中国王朝に直接統治されたわけではないように、植民地にすることとイコールではない
本書が、勝海舟-坂本竜馬の「大攘夷」路線を「征韓論」と結びつけるのはまだしも、日韓併合、大陸進出に結びつけるのは大きな飛躍だろう(こういうところでアッチ系の人かと思いたくない・・・)
水戸学の「世界征服論」(!)にしろ、西郷の「征韓論」にしろ、日本が東アジアの指導的位置に占めるという構想なのであって、産業革命の後押しされた帝国主義とは違った種類のものなのだ
とはいえ、明治以降の日本人が自ら育んだ華夷秩序観に縛られているという指摘そのものは鋭い。日本における儒教の影響は今となっては目立たないが、軽視してもいけない
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