【サブカル】受け手から見たリアリティ

いしかわじゅんの『漫画ノート』を読んでいたら、次の一文が目を惹いた。

 白土三平以前の忍者漫画といえば、巻物をくわえてどこからか湧いてきた煙と共にドロンドロンと消える、百年も前からの伝統を守った様式美の世界の世界だった。違っているところいえば、蝦蟇に跨っているかどうかといった程度の些細な部分で、本質はみんな同じだったのだ。 
 しかし、『サスケ』は違った。 
 たとえば、<蛍火の術>というサスケが学んだ術がある。 どんな術なのかというと、敵に追いつめられたりして危機に陥った時には、急いで地面に穴を掘って、その上で火をたき、火の粉と共に、火の迷彩の描かれた布を被って飛び出し、敵の目を眩まして逃げるのだ。 
 これを科学的というか牧歌的と呼ぶかはむつかしい問題だが、少なくとも、なんの根拠もなく煙が湧いてくる忍術は、白土三平の登場と共に、説得力を失ったことは間違いない。
(サスケの科学 p424)



いしかわさんや当時の読者にとって、『サスケ』という作品は従来の忍者漫画よりリアリティを感じたさせたらしい
この感覚は今の人間には、分かりにくい。おそらく、僕が今『サスケ』を読んでみても、「よく考えたな」とは思っても「リアルだ」と感じることはないだろう
『サスケ』をリアルに感じる感覚は、従来の忍者漫画に見慣れた上で生じるものだからだ。今のマンガに慣れた者から見れば、逆に呑気でそれこそ「牧歌的」に見える
作品にリアリティを感じるかは、ようは受け手のメディア体験次第なわけだ

これは“ファースト・ガンダムは「リアルロボット」だ”という話に通じる。それ以前のロボットアニメに比べて、ガンダムの世界観はたしかにリアリティがあった。僕も、ガンダムを知った後、他のアニメは少し色褪せて見えてしまった
僕より上の直撃世代には、結構な衝撃だったろう
しかし、ガンダムのヒットの後、それなりの背景世界を設定した作品が作り出されていく。かなり精緻なものも出てくる。そうした作品が当たり前になった世代のアニメファンは、ファーストに以前ほどのリアリティを感じないだろう。むしろ「牧歌的」とすら感じるかもしれない
ファースト=リアルロボットはある世代に限られた感覚ということだ

だから今、ガンダムを紹介するときに、「リアルな」という言葉を付けるのは少し妙なのだ

*ファーストの価値は、よく盛り込まれた群像劇にあり。見返してみると、人間関係にリアルを感じることはよくある。それは、設定や世界観といったことを超えた普遍性を持つものだから
ここで言ったリアリティは「ガンダムはロボットを兵器として描いて画期的」といったレベルの話

漫画ノート漫画ノート
(2008/01/25)
いしかわじゅん

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