『都市計画の世界史』 日端康雄

GW中に実家からある旧版『リーンの翼』を持ち帰るつもり
いつ、新版に追いつくのやら

都市計画の世界史 (講談社現代新書)都市計画の世界史 (講談社現代新書)
(2008/03/19)
日端 康雄

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世界の各地の都市を通史的に追いかけるのだと思っていたら、さにあらず。都市計画」の観点から、古代から近代までの都市の構造を振り返り、現代の都市のあるべき姿を探るという非常に専門的な新書であった
古代、中世までは散文的に読めたが、近代以降「都市計画」が本格化する段になると、雨のように専門用語が飛び交うようになる
都市の俯瞰図がふんだんに見せてくれるので、視覚的な理解は得られてなんとかついていくことができた
現代に近づくほど身近にはなるけれど、細かい法令まで触れられるから頭の痛さも増してくる。良くも悪くも「都市計画」を骨太に語った本なのだ

最初の方に、中国の「国の大事は祀と戎にあり」という言葉が紹介されている。氏族の宗廟を祭る祭祀と外敵(戎)からの防衛が都市(邑)の基本的な機能ということであり、これは前近代の他地域の都市にも当てはまる
古代ギリシャ・ローマでも中世ヨーロッパでも中東でも、都市はまず城壁に囲まれているもので、その中央部に都市の象徴であるアゴラ(広場)、大聖堂、王宮が置かれた。城壁は価値観の違う世界への障壁でもあり、内部では政治体制ごとに都市の秩序が守られるように構造が決まっている
防衛と祭祀の比重は時代によって状況によって異なる。安定期だと利便性と価値観の浸透を重視した格子型街路等の秩序だった設計がなされるが、混乱期になると敵の侵入を防ぐべく迷路状の街路がわざと組まれる
放射線型の街路こそ強力な国家体制が生まれる近代以降に見られるが、その他についてはほぼ古代に出揃っていたには驚かされた
各文明の住居に関しても、それぞれの価値観、都合が反映しているのが面白い。みな防衛を考慮され、小さな都市のような構造なのだ
ちなみに日本の場合、城壁がないのは強力な蛮族が存在しなかったから。合戦でも天皇の取り合いが目的だったので、街を囲う必要がなかったというのだ
そのため、近代以降の日本の都市には、内外の区別が薄く、農村との境界がないのが特徴だとか

前近代の城壁都市は防衛が一義的に大事だから拡大が困難であった
しかし、大砲が登場して城壁が無力化した近代では、産業革命を機に都市が大きく成長していくことになる
爆発的な人口増加にともない都市環境が悪化の一途を辿るに至って、環境を改善するために近代的な「都市計画」が誕生した
近代的な「都市計画」の裏には、自由放任(レッセ・フェール)によって社会が荒廃したという社会主義が思想的背景としてあって、多くの空想社会主義者=社会改良主義者が理想都市を考案していった。その多くは文字どおり“空想”に終わったが、それぞれの試みが次代の「都市計画」に影響を与えていったのだ
(「都市計画」は当時、絶対視された個人の財産権に対し、公共の福祉という名分でこれを制限して開発を断行している)
ひと通り、近代の「都市計画」が浸透した後、問題になったのは余りにも画一的な環境になってしまったことへの批判で、人の体に即していた中世都市の再評価新しいコミュニティーの創生が叫ばれる
ここまで来ると、「都市計画」の歴史は思想史であると言わざる得ない

最後は、各大都市の「都市計画」の概要まで語られて・・・、もう腹んなか、いや、頭ん中がぱんぱんだぜ
少々堅い文章ではあるけれど、都市や住居の図解は数はもの凄く、新書にして資料集のごとし
新書とは思えない労作だ
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