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『香水 ある人殺しの物語』 パトリック・ジュースキント

ネットで探していたら、実家にもあったという




ルイ15世統治下のフランス。パリの雑踏のなかで産み落とされたグルヌイユは、放置した母親が嬰児殺しの罪に問われて処刑され、マダム・ガイヤールの孤児院に預けられる。飛び抜けた嗅覚と生命力でそこを生き抜いた彼は、過酷な皮なめし職人に売られ、パリで様々な匂いに出会う。中でも赤毛の少女から漂う匂いに惹かれ、それを存分に味わうために殺してしまい、匂いを保存する方法を求めて香水職人のバルディーニに弟子入りするが……

以前、見た映画『パヒューム ある人殺しの物語』の原作小説
映画は匂いのために殺人も厭わないグルヌイユのピカレスクロマンとなっていて、小説もベースはそうなのだけど、彼が通り過ぎた様々な人々の小さな物語も描かれていて、ブルボン朝末期のフランス・ツアーにもなっている
冒頭からして「パリはくさかった」と衝撃の出だし! パリの通りにはゴミや排泄物が放置され、下の庶民から王侯貴族までが今では考えられない異臭のなかで、生きていたことに触れられる。そんな世の中だからこそ、“香水”は不可欠で、儚く消える匂いが高額で取引されたのだ
作風はヨーロッパの古典小説にならったもので、最近の小説にありがちな映画標準の描写はなく、淡々とした積み重ねで、“臭い”近代前夜の世界を立ち上らせている

究極の香りのために連続殺人鬼となるグルヌイユが主役ながら、彼と関わる登場人物もかなり個性的だ
文明が発達しない貧しい時代だからだろうか、みなが自分で精一杯、すがすがしく自己中心を貫いて生きている
最初にグルヌイユを預けれられたテリエ神父、孤児の保護費で稼ぐマダム・ガイヤール、有害な洗剤で数年しか生きられない皮なめしの職場を仕切るグリマル親方、凋落した老調香師バルディーニ、<致死液>を研究するトンデモ研究家のタイヤード・エスピナス侯爵“香水の聖地”グラースを仕切る副長官で、最愛の娘を狙われるアントワーヌ・リシ
どれも実在しない架空の人物でありながら、こういう人々が生きていただろうと思わせる時代の匂いを運んでくる
映画で割愛されたタイヤード・エスピナス侯爵の研究に付き合わされた時に、グルヌイユは香水によって人の印象を操れることを学んでおり、それがグラースでの連続殺人に、刑場での乱痴気騒ぎにも生かされて(!)いく。映画で飛躍に感じられたところは原作でしっかり埋められていたのだ

タイヤード・エスピナス侯爵の学説、地中からの<致死液>が人を腐らせ老いさせるというのは、もちろん今でいうトンデモ科学であるが、パスツールが細菌を発見するまでは、これに近い学説が渦を巻いていて、ヘンテコ治療法が普通に流通していた
 訳者あとがきでは本書の種本のひとつとして、『ミアスマと黄水仙――嗅覚と18・19世紀の仮想的社会問題』が挙げられている。そこでは悪臭=瘴気が病の原因とされ、その根源に「ミアスマ」というものが想定されていたという。この本の日本語訳はないらしく、訳者は独語で読んだそうだ



小説ならではといえるのが、究極の香水を作ったグルヌイユが、その結果にむしろ絶望するという場面。映画だと謎めいたラストになってしまったが、もともと人間嫌いだから、人々に無条件で愛される香水を作ったのに、香水ごときでなびいてしまう人間をなお嫌いになってしまったらしい
生まれたパリのスラム街に帰って……のエンドは覚悟の行動だったのだ
その他、バルディーニの許を去った後に、人が近寄らぬ山野に7年も暮らし、鼻と記憶による「匂いの王国」に浸るとか、引きこもりの心性を細微に追っていて、「想像の王国」を作る作家にも通じるような気もした
主人公の嗅覚と香水以外に、ファンタジーはないものの、近代以前のヨーロッパを伝えてくれる奇譚なのである


映画 【DVD】『パヒューム ある人殺しの物語』




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