ハリウッド映画と機関銃~『機関銃の社会史』

昨日(今朝?)取り上げた『機関銃の社会史』には、その後の映画と機関銃の関係について面白い論考がある
一世を風靡したギャング映画は、映画を模倣するマフィアが現われ製作者側が萎縮。1935年以降はギャングの敵であるFBIや秘密情報員が新しいヒーローとなり、機関銃は悪役の小道具に成り下がってしまう

しかし、本書刊行当時、70年代には「ニューシネマ」の潮流に乗って新しい存在感を発揮しだしたという
その魁けである『俺たちに明日はない』(1967)には、機関銃はギャングのものとしてではなく、むしろ権力側の象徴として登場する。それに追いつめられる二人のアウトローには昔のギャングの面影はない
『イフ』(1968)『ワイルド・パンチ』(1969)ではアウトロー側が機関銃を扱うが、基本的に報われない現実逃避の道具として姿をあらわす

第一次世界大戦において機関銃が、新しい殺人技術の前では個人など何の価値もないという考えの誕生を実際に促したことを見た。・・・(中略)・・・そして今度は逆に、機関銃は人格化され、日増しに自分の無力を思い知られる世界で、何とか成功しようと絶望的な試みをする者の手段になっていった。少なくとも空想の世界では、技術は自らに反逆したのだ。(p280)


作者の言い分はいささか大げさにも思えるが、本書が刊行されたのはベトナム戦争末期。多くの徴兵された若者が毎日戦場で命を落としていた
「ニュー・シネマ」の虚無感もそうした時代背景の中で生まれたことを見逃すべきではない
作者がそうした映画のなかに機械で表現するように見えて、実は機械に振り回されている人間を見るのは時代を超える優れた洞察だと思う

そういえば、同級生を殺した女子生徒が『バトルロワイヤル』のパロディを書いていたという話があったっけ・・・

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