「ウォーターゲート事件」で任期中に唯一辞任した大統領であり、ケネディを比較され嫌われ物だった彼を再評価する映画だと思っていたが、ところどっこい(笑)。政治的実績や汚職、疑惑の問題を超えて、政治家としての仮面を剥ぎ取った生々しい素顔を晒してやろうという映画だったのだ
政治うんぬんも含めての人間ニクソンが主題であって、その人の“光と影”というより、ドロドロとした情念そのものを躊躇無く描いている。「ベトナム戦争を終結させた大統領?ちょっと待って欲しい。政治家(人間)なんてこんなもんだぜ」という調子で、灰色というか、黒に近い灰色のドラマが展開していく
これは監督のニクソン対する好悪だけでなく、ベトナムを経験した独特の人間観が反映されているに違いない。おそらく、どんな政治家の映画を撮ってもこんな調子だろう。オリバーは日常の倫理が通用しない“泥の世界”を体で知っているのだ
三時間超の映画だが、編集が凝っていて飽きない。時系列的にはあちこちに飛んでいくので、今の映像は何年のことかと戸惑うところはあるが、時勢ネタが適度に入るので追いかけることはできる。(時勢ネタが分からないと辛いか?)
絵の撮り方も昔の映像と混じって、モノクロや画質を落として70年代のテレビ調に撮った映像を流している。これが過去の映像とうまく噛み合っていて各時代の雰囲気をうまく出していた
また、ホワイトハウスのシーンの背景に会話と関係した歴代大統領の肖像が映るといった、芸の細かい演出があったり、政治の小ネタとしてフーヴァーFBI長官の「アーッ」ネタとかも、それとなく流していて笑わしてくれた。たまげたなあ(笑)
オリバーの描いたニクソン像は、強さを求める古いアメリカの男であり、負けを認めず後退を知らない男。そして勝つためには手段を選ばない。理想を語るペテン師というより、俗悪を武器に突き進むブルドーザーだ
引き際を知らないブルドーザーの姿はもの悲しく、そして汚い(ここらあたり容赦がない)
ケネディと比べられて冴えない男の印象が映画では強いが、実際はどうだろう
大統領になったぐらいである。もう少し俗悪なりの魅力もまたあったように思えるのだが
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