『ポル・ポトの掌』 三輪太郎

なんで会いにいくのやら


ポル・ポトの掌
ポル・ポトの掌
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三輪 太郎
日本経済新聞出版社
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幼馴染だった修一の死を聞いて、ぼくは内戦さめやらぬカンボジアへ行く。修一はたえず前を走る存在であり、いつしか疎遠となったが、大学の株式研究会で思わぬ再会をする。学生時代から相場に親しみ、卒業ともにアメリカの大学で最新の投資理論を学ぼうと留学した彼に何があったのか

少し完成度が低い作品だろうか
大学時代に幼馴染の修一から刺激を受けて相場の研究会に入り、投資会社でディーラーとなったぼくは、その修一の死を聞いて強い喪失感に陥る。修一はなぜカンボジアへ渡って客死したのか、本作はそれをたどる物語となっている
中盤まではカンボジアを旅する主人公と、1970年代に生まれてからのディーラーを辞めるまでの回想が交互に進展して、それが自然と合流するように作られており、その後にはタイトル通り、森で隠棲するポル・ポトと面会する山場にさしかかっていく。構成は整っている
が、テーマ性という点からは、「修一がなにを求めて死んだか」という部分が放り出されているし(オウム真理教に触れた部分から類推できなくはないが)、資本主義の「神の手」と対比されるはずの「ポル・ポト(の掌)」が資本主義批判として弱い

著者は文芸評論家で村上春樹の研究でも知られていて、「あさま山荘事件」に代表される過激化して終息した学生運動から、「森の王」というキーワードでオウム真理教につなげる着眼点は、2009年初出の『1Q84』に先んじている
しかし、どうすれば「森の王」を生まないか、取り込まれないかという課題を解消できず、ぼくはポル・ポトに手玉にとられる形で送り返される
年代的に、新自由主義の全盛はその後であり、グローバリゼーションの進展も冷戦後に始まっていて、小説のポル・ポトには今少し頑張って排撃してもらいたかったのだが(苦笑)、自らの行動を正当化する老人に過ぎずガッカリだった
なぜか日本のムラ社会の是非に飛び火していて、議論のベクトルが散漫になっている
そして、肝心の修一の話題がいっさい出ず、彼が何を求めてポル・ポトの森に踏み込んだのかは分からずじまい。主人公を翻弄し続ける現地人ソヴァンのしたたかさ、近代への意志だけが光を放っている


関連記事 『1Q84 BOOK1』

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文庫本ではなぜか、この改題。出版社が決めることではあるが……
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