『邪宗門』 高橋和巳

特定の宗教団体がモデルではない


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東北の飢餓で母を亡くした少年・千葉潔は、所縁のある宗教団体「ひのもと救霊会」を頼る。救霊会は神がかりの開祖・行徳まさを引き継いだ、活動的なカリスマである二代目・行徳仁次郎が、日本各地はおろか、満州、南海の委任統治の島々にも支部を広げていた。しかしその団体の拡大が、国家神道で宗教界を束ねようとする政府に警戒され、大弾圧を受ける。戦後、戦地から帰った千葉は、救霊会をもって本当の「世直し」を計るが……

『愚民社会』で宮台センセが推していたので読んでみた。なるほど名作である
本作の特徴は、マイノリティである新興宗教の立場から見た昭和となっている。部外者からは珍奇な視線で見てしまう新興宗教だが、その由来が分かると見る目も変わってくる
江戸から明治にかけて、国を挙げての工業化・近代化が推進された結果、農村は荒廃して都市との格差は増し、男性的な民法によって女性の立場が脅かされ続けた。不幸が重なって社会の階層から放り出された人々の受け皿になったり、向上心がありながらそれを社会で生かす場所がない女性の活躍の場になっていたのだ。女性の開祖が多いのは、男性中心の社会に対応している
テーマは難解ながら、飢餓から生き残った少年・千葉潔タカビーな教主の娘・阿礼を中心に、気さくな二代目教主・仁次郎、持病で足が不自由な次女・阿貴などなど多彩な登場人物が魅力的で、喜劇としても悲劇としても華のある過酷な大河小説である

上巻では、大恐慌、東北を中心とする農村の貧困、日中戦争から太平洋戦争へと軍国主義が進展するなかで、宗教団体が国策に飲まれていく様が描かれる
宗教界のナショナリズムな運動として、廃仏毀釈が進むなか、新興宗教も神道に近い形式をとって誕生する。団体が大きくなって社会的影響力を増し、時代がきな臭くなって思想統制がとられるようになると、国家神道に不都合だと判断されて、弾圧を受ける。戦前の信教の自由は、天皇制で許された範囲に過ぎないのだ
行徳仁次郎の逮捕と拘禁は、開祖・行徳まさが遺した「お筆先」で歴代の天皇について書いた部分を口実にした反逆罪であり、長い虜囚生活のなか、妻の行徳八重は半病人で釈放され、仁次郎は獄死する(元ネタとおぼしき大本の出口王仁三郎は1942年に釈放されている。あくまでモデルであって、いろいろアレンジされているので細かい比較はよしたほうがよさそうだ)
救霊会は、九州において分派した軍国主義を鼓吹する救世軍と合同することとなり、行徳阿礼はその教祖の息子に嫁ぐこととなる

下巻では、5・15事件に関係し教団から出奔した千葉潔が、戦争から帰ってきて物語を大きく展開させていく。モデルとなった新興宗教たちには、武力闘争とした歴史などないから、まったくのオリジナルである
戦争で捕虜を殺した千葉に、救霊会の神を信じる気持ちは持てなくなっていた。彼が志すのは、教団を利用した「世直し」であり、宗教を手段と考えるニヒリストとなってしまったのだ
解説の佐藤優がロシア革命でできたソ連を「ニヒリストの作ったグロテスクな帝国」と称したように、千葉にはドフトエフスキーの『悪霊』に出てくる革命家たちを連想させるところがある
千葉によって指令された教団のゲリラ戦は幻の本土決戦といえ、天皇制に弾圧された宗教組織が進駐軍相手に信者を玉砕させるところは、単に日本の戦争を軍部のせいにせず、日本人の精神構造へ求めているかのようだ(それどころか、あさま山荘事件やオウム事件をも予見していたかのようで……)
そして、終盤において、自殺を美化し「この世」と自分の命を軽んじる救霊会は、最初から「邪宗」ではなかったかと指弾する。これは単に新興宗教だけでなく、日本人全体に根付いた傾向ではなかろうか。とにかく空間的にも時間的にも、とんでもない射程を持つ作品なのである


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