『世界は村上春樹をどう読むのか』 編:柴田元幸 沼野充義 藤井省三 四方田犬彦

グローバリゼーションに適応した文学!?


世界は村上春樹をどう読むか (文春文庫)
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村上春樹は世界でどう読まれているのか? 世界中の翻訳者たちが集結して論じた村上作品の姿
本書は2006年に行われた国際シンポジウムでの講演や討論がベースで、各国の翻訳者が村上春樹の作品と受容のされ方を論じたもの
それに日本側を代表して参加した、村上春樹の盟友ともいえる翻訳家・柴田元幸に、沼野允美、藤井省三、四方田犬彦がそれぞれ文章を添えている
ハルキ小説の文体は日本人には「英語を日本語で読んでいるようなもの」(四方田犬彦)なのだが、翻訳者たちにとってそうもいかない。日本語独特の曖昧な表現、ニュアンス、時制など、各国の言語にない要素を嚙み砕かねばならない
彼らにとって村上春樹はハラキリ、ゲイシャといった従来のイメージを覆しつつも、日本をイメージせずにいられないのだ

基調講演でアメリカの作家リチャード・パワーズが語ったのは、ハルキ小説での主人公の在り様が、最新の脳科学「ニューロサイエンス」に通じるというもの。自我が一つという近代的個人ではなく、一人の人間の中にいくつもの自我がありうるという仮定は、現実と幻想的な世界を行き来する作品の主人公に対応するというのだ
井戸に潜るなどはもろにユング心理学だと思うが、世界的に受け入れやすい普遍性に通じるのだろう
もうひとつ、他の翻訳者たちと共通して語られるのは、政治的に挫折を経験した世代に受け入れられているということ。日本で『ノルウェイの森』が売れた時期、高度成長期を終えて学生運動が消滅していったように、ロシアや東欧では社会主義の崩壊を経験、韓国や台湾などのアジアでも民主化や高度成長を経験しつつそれに幻滅した世代で熱烈な読者を生んでいる。特に韓国で日本の文学が読まれるのは異例だそうだ
「高度資本主義=グローバリゼーション」が進んで「地域社会=共同体」が崩壊し、個人がその経済の流れの中で根無し草になっていく時代、そうした世界で漂う人間たちが描かれているからだとパワーズ氏もいう
高度資本主義=ポストモダン的状況をただ迎合はせず、モダニズムの立場からの批判精神も含んでいて、かといって状況を否定しないという距離感が世界的に評価されているようだ

独特の存在感を出しているのが、マンガ評論などでも有名な四方田犬彦
基本的に礼賛者が多いなか(翻訳するんだから当然だ)、80年代以降、直にアメリカ社会に接する機会が増えて読むことがなくなったという同氏は、かなり距離を置いて冷や水を浴びせる
村上作品の主人公が欧米の映画に言及しても、アジア映画に触れないのはなぜか。初期を除いて作品の映画化を嫌うのはなぜか。それは黒沢清や青山真治、北野武、三池崇、佐藤真といった村上春樹と同世代の映画監督たちが日本のローカルな課題に向かい合っていたことと対照的に、村上春樹が(オウムと阪神大震災を除いて)無関心に過ごしてきたことを指摘する
本書は村上作品というより、日本語を翻訳する苦労話が多かったりもするが、外から見た様々な評価は興味深かった


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