騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編
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村上 春樹
新潮社 (2017-02-24)
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画家の「私」は、妻・柚に新しい男ができたことから別れ、旅に出る。流浪の果てに友人である雨田政彦の好意で、彼の父親・具彦が残した別荘に住むこととなった。その別荘には、具彦の残した謎めいた絵『騎士団長殺し』が置かれていた。その絵に出会ったから、謎の富豪「免色」の肖像画を描いたり、夜中に鈴の音に悩まされ即身仏のために掘られた竪穴を探索したり、絵から飛び出したような「騎士団長」が顕れたりと、不思議な体験をすることに……
読み進みにくい小説だった……
画家の私が様々な出来事を通して、12歳で早逝した妹への哀惜が残す心の傷など、自分の隠された内面や至らない過去に気づいていく物語であり、第一部はそれに雨田具彦の過去とアンシェルズ(ナチスのオーストリア併合)の関係が解き明かされていくなど、過去作だと『ねじまき鳥クロニクル』に近い作風だ
画家の「私」は妻にフラれたダメ男と思いきや、旅先やお絵かき教室でこせこせと情事の相手を見つける、妙な器用さがある(笑)。『ノルウェイの森』しかり、ナンパの上手さもハルキ小説の主人公の伝統といえよう
文体も落ち着いていてそれが読みにくいわけではないのだが、「免色」の訪問、人妻の「ジャングル通信」、謎の鈴の音、「騎士団長」の登場と、こまごまと日々が過ぎていき、物語の筋が見えない、まるで日記のような構成が章をまたいで読みにくいリズムを生んでいたと思う。ただそれは欠点というわけではなく、作品の特異さなのである
ついつい従来の作品と比較しがちだが、謎の依頼人「免色」はなかなかユニークな人物だ
金融資本主義に乗っかって莫大な利益を上げ、人里離れた別荘に若隠居した男。「色」を「免」れるとあって、「私」はその肖像画を描くのに苦戦する。その正体を探るのが、第一部の筋のひとつである
『ノルウェイの森』の永沢とか、『ねじまき鳥クロニクル』の綿谷ノボルのように、主人公と対称的な存在として登場するが、世界の敵でもなければ主人公の虚飾をはぎ取る悪魔でもない
第一部の終盤で、感傷や迷いと無縁であるやりたい放題の人生を送っているように見える「免色」も、実は主人公と同じ弱点を抱えた同質の存在と分かるのだ
そして「免色」の屈折が明らかになるとともに、主人公が抱えていた心の傷が明るみになっていく。この終盤の畳みかけは感動的だった
「私」の心の傷は第一部で明らかになってしまったかに思えるものの、ラストには『トレブリンカの反乱』(『トレブリンカ叛乱』)からの意味深な引用が!
雨田具彦がウィーンで観たものはなんだったのか。「騎士団長」は何を「私」に訴えたいのか。そして、「私」はどうなっていくのか。これは第二部を読まざるえまい
次巻 『騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編』
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