『戦後リベラルの終焉』 池田信夫

終わりそうで、なかなか終わらない




なぜ日本の左翼は敗北したのか。朝日新聞や進歩的文化人、野党の歴史と没落を分析する
本書の戦後リベラルとは、「大きな政府」を志向する社会主義だけではなく、「平和主義」や理想的ユートピアを鼓吹する進歩的文化人に、朝日新聞などのメディアなども含まれる
東大時代の過激派テロの体験に始まり、従軍慰安婦を巡る朝日新聞の誤報から、太平洋戦争に導いた大新聞の過去、原発事故への報道が招いた二次被害へと展開して、「戦後リベラル」が語る理想主義が、言ったことに「責任を取らない」野党的姿勢から来ていることを証明していく
著者のブログやアゴラの記事を読んでいる人には、おなじみの持論が語られていて、岸信介から現代の経産省に流れる「国家社会主義」の流れを批判して、「小さな政府」論まで突き進むのはご愛敬か

安保運動を知らない世代にとって、それと連動した進歩的文化人の動きが興味深い
60年安保の時代、大学生はまだエリートであり、安保運動は知識人として大衆を指導する典型的な「途上国」型の運動だったとする
その主役であった清水幾太郎は、「今こそ国会へ」とアジテーションしたが、後に振り返って「何をやりたかったのか自分でもわからない」と語ったという。清水は戦中は読売新聞の論説委員で、戦後はマルクス主義に傾いていて、人気のなくなった共産党に入らない程度の左という立ち位置が「進歩的知識人」だったのだ
安保運動が収まると、注目を集めたい清水は「右旋回」し、論壇紙『諸君』の常連となり核武装論を説き始めた。こうした動きは彼だけではなく、朝日新聞大江健三郎もオイルショックから原子力の平和利用を唱えたという。言っている中身よりも、マーケティングと反体制ポーズが大事なのである
東大法学部から進歩的文化人が消えてからは、傍流の知識人が担当するようになり、現代では内田樹、元外交官の孫崎亨、『<民主>と<愛国>』の著者で原発再稼働反対デモの「理論的指導者」小熊英二を挙げている
今の反原発運動には、冷戦時代のマルクス主義のような思想的背景がなく、再「宗教」化とまでいう
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

コメント

コメントの投稿

非公開コメント


(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
カレンダー
08 | 2018/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
カテゴリ
SF (25)
RSSリンクの表示
リンク
FC2 Blog Ranking
ランキング
アクセスアップ!?
検索フォーム
はてな
この日記のはてなブックマーク数
タグランキング

サイドバー背後固定表示サンプル

サイドバーの背後(下部)に固定表示して、スペースを有効活用できます。(ie6は非対応で固定されません。)

広告を固定表示させる場合、それぞれの規約に抵触しないようご注意ください。

テンプレートを編集すれば、この文章を消去できます。