『宵山万華鏡』 森見登美彦

京都や祇園祭にくわしくなくても楽しめる


宵山万華鏡 (集英社文庫)
森見 登美彦
集英社 (2012-06-26)
売り上げランキング: 12,120


祇園祭の“宵山には、何かが潜む!? 山鉾と露店でにぎわう一日に、さまざまな人々の想いが交錯し、不思議な世界の扉が開く
祇園祭の“宵山”だけにちなんだ短編集
六つの話がひとつの世界を共有しており、ここの主人公が出会った謎の大坊主が、別の章でとある役割を背負っていたことが分かるとか、読み進むごとになんとなく世界の秘密が分かってくる構成であり、次の話に自然と楽しみになってくる
特徴的なのが、宵山を舞台とするだけあって、京都という都市空間の中からファンタジーを引き出しているところだ
京都は景観条例や経済力の問題もあって、都市開発できる地域は限られているし、家やビルの建て替えは進まない。結果、何が入っているか分からない古いビルがうらぶれたまま残っている
その建物のなかには何があるのか、屋上はどうなっておるのか、そんな更新されにくい町並みから、華やかさと怪しさと、ほんの少しの怖さが入り混じった幻想的な世界が立ち上るのだ


<宵山姉妹>

バレエ教室に通う小学生の姉妹が、宵山の夜に教室のあるビルの上階や、露店が出ている通りを探検する話
冒険好きの姉に引きづられる妹の視点であり、子供の立場に立った、初めて見る物事、風景への興奮と不安がみずみずしく描かれる
最初の話にふさわしく、後に登場する人々が派手に、あるいは地味に少女へ関わってくる


<宵山金魚>

今はサラリーマンとなった藤田が大学時代に過ごした京都で、謎めいた旧友の乙川「宵山」見物へ出かける。生まれながらのトリックスターといえる乙川が用意した、藤田への歓迎とは?
孫太郎虫(ヘビトンボの幼虫として実在する)や、「超金魚」の養殖と、直に祇園祭と関わらないところから始まるものの、祇園祭“いちげんさん”の藤田を視点にして、外部の人が京都へ抱く神秘性や幻想が乙川の罠として描かれる
知らない場所だと、なんか破ったら怒られるしきたりとか、ありそうで億劫になるもんである。京都人ですら


<宵山劇場>

乙川が藤田に仕掛けた罠の裏側には、どんなドラマがあったのかを明かす
元学生劇団の裏方である小長井を視点に、酔狂な乙川によって集められたメンバー、学生劇団の美術監督だった山田川、洲崎バレエ教室の岬先生、大坊主にさせられる大学院生の高藪らのドタバタが描かれるのだ。人の手間を考えず独創的な想像力を押し付ける山田川が暴れ回り、小長井は終始引きずられ続けて、なんだか昔懐かしい学園物のジュブナイル小説のようだ
ただ前話までが背負っていた幻想的な雰囲気が崩れてしまうので、読んでいるときは面白いけど浮いているように思ったが、読み終わって見ると最終話のフェイクとして機能していたのであった


<宵山回廊>

京都から離れたことのないOL千鶴は、画廊の柳さんに頼まれて、宵山に画家の叔父を訪ねる。叔父は自身が「今日でいなくなる」と宣言し、不思議な万華鏡をもらったことから陥った終わりのない“宵山”を話す
叔父には“宵山”の日に行方不明になった娘がおり、万華鏡の向こうにその娘が見えたことから手放せなくなり、げっそりと痩せ衰えてしまう
最初の話の少女が出会った赤い浴衣の少女画廊の柳さんが再登場し、「終わらない宵山」という設定が加わって、作品はいよいよ彼岸の世界へ踏み込んでいく


<宵山迷宮>

今回は画廊の柳さんが主人公。柳さんはなんら心当たりがないのに、千鶴の叔父のように「終わらない宵山」に巻き込まれる。一日、一日、違う“宵山”を過ごしつつ、毎日訪れるのが、杵塚協会の乙川だった
この話では視点キャラが「終わらない宵山」に巻き込まれる。海外の小説なら『リプレイ』を思い出させる展開だ
乙川の口からは、この「終わらない宵山」はある万華鏡から覗かれた世界だと明かされる


<宵山万華鏡>

最初の話に出てきたバレエ教室に通う姉妹の、が主人公。妹とはぐれた姉は探しつつも、不思議な“宵山”の世界に惹かれていく
そこに誘うのは、妹も会ったはずの大坊主。そして、岬先生らしい舞妓さんに出会うが、どうも勝手が違う。ビルの屋上同士がつながっていて、あの藤田を罠にはめた“宵山”よりも荒唐無稽なのだ。そして、登場する“宵山様”はというと……
古いビルの屋上には、植木鉢が置かれまくったり、おかしな置物があったりとそれぞれ謎の個性があるもの。まして祭の夜となれば


ひとつ不思議に思ったのは、本作の舞台が“宵山”に限られていることだ。祇園祭は準備期間から一月に渡るお祭りだし、“宵山”の翌日の山鉾巡幸こそが本番である
あとがきを読むと、それも氷解する。作者は山鉾巡幸に出かけたことがなかったのだ。それだけに“宵山”のうるささが頭に残ったのだろう。あるいは、「祭の前夜のにぎやかさ」が好きなのかもしれない
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