日本の10大商社の末席にいた江坂産業は、一流商社を目指して石油業界へ打って出ようとしていた。アメリカ江坂の社長・上杉次郎は、本社の河井社長の了解を得てレバノン系の実業家サッシンと交渉。1973年にクイーンエリザベス2号にて、ニューファンドランド島の石油精製工場を運営するNRCの総代理店となる契約を結んだ。しかし、その契約には恐るべき条項が盛り込まれていたのであった
松本清張が現実にあった総合商社・安宅産業の破綻を題材に書いたノンフィクション経済小説。人物の名前やキャラクターについては脚色してあるが、その他のことは事実に基づいているという
江坂産業は、本社社長の河井が業務上の最高責任者だが、人事権はない。人事については創業者一族の江坂要蔵が“社主”として掌握しており、実務には深く関わらないものの、奨学金を出した若者をファミリー社員として社へ送り出していた
一方、サッシンとの契約をまとめた上杉次郎は、社がGHQによって財閥解体の指定を受けようとしたときに、得意の英語と外交能力で免除に成功した“英雄”。大変な功労者ながらハワイ出身という出自から、社内では「英語屋」と妬まれており、ニューファンドランドの大プロジェクトを成功させることで見返したいという気持ちが強かった
レバノン出身のサッシンとは、ロックフェラーやユダヤ系が強い石油業界で偏見をバネにしたという共通点があり、半ば同志として危険な道へと進んでいくのだ
しかし、上杉は社内で異端児とはいえ、ニクソンとつながりを持つ政商サッシンほどのキワモノにはなれない。日本と海外の常識の差に身を引き裂かれて、おろおろするうちに江坂産業も真っ二つになって沈んでいってしまう
なぜ安宅産業は破綻してしまったか
直接の原因は、もちろんニューファンドランド・リファイニング・カンパニー(NRC)との契約にある。NRCの総代理店として、原油の買取代金の面倒を見ることになっていたが、中東戦争によって事情が一変する。アラブ諸国が石油の値上げとユダヤ系石油会社との取引を渋ったことから、原油価格が高騰
NRCがイギリスの石油会社ブリティッシュ・ペトロリアム(BP)に独占的に原油供給を受ける契約をしていたために、割高の原油を受け取らねばならず、精製した石油を捌こうにもアメリカやカナダの石油市場は自国の石油産業防衛のために門戸を閉じていた
さらに航空燃料などの“シロモノ”に精製する機械が故障を起こし、労働者のストライキもあいまって、NRCは赤字を垂れ流すようになる
引き上げようにも、NRCと安宅アメリカの間には「補助契約書」が結ばれており、NRCに4000万ドルを融資しつつも、その担保はなし! 取り返すためにNRCを破綻させるわけにはいかない
作中では上杉次郎(高杉重雄)がサッシン(シャヒーン)に何度も抵当権を要請する場面があり、金を出した商社側がなぜか「お願い」する立場になっているのが印象的だった。上杉のような海外通ですら、相手を信用するから最初に不利な材料を切り出さないという日本人同士の作法を無意識に行っていて、契約の文章を軽視してしまうのだ
東芝や郵政の失敗も、こうした希望的な観測から細かい契約に目を配らない点にあったのではないだろうか
清張が注目するのは、安宅産業の特異な体制である
社主である江坂要蔵(安宅英一)に人事権が掌握して、本社の社長が一社員を異動させるにも骨が折れる。安宅アメリカでは支社長には人事権がないから、部下は本国の社主や元上司を意識して統率がとれず、新任の支社長が就任しても問題の発覚が大きく遅れてしまった
上杉の独走は最終的に社主の了解を得ればまかりとおるという、独特の権力構造が生んだものといえよう
安宅英一は実業にはほとんど関わらない代わりに、会社の金で中国や朝鮮の陶磁器を収集し、オペラ歌手(実際はピアニスト?)を後援するなど公私混同が激しかった。清張は無茶な契約を結んだ上杉よりも、社主の要蔵に表舞台に立たない黒幕として責を重くみている。陶磁器の鑑定に「心眼」ともいえる才能を示した男が、会社経営にすこしでも目を向けていればどうであったか。最後にコレクションを褒め称える場面は、最高の皮肉である
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