『真田幸村と真田十勇士』 山室竜也

『真田丸』での忍者は……寺島進の死に方が酷かった(笑)
藤井隆のみでは層が薄いので、長澤まさみも『天地人』に続いて忍者にしたほうが分かりやすかったような




なぜ、真田幸村は人気があるのか? どうして真田十勇士は生まれたのか? 大河ドラマの考証を務めた著者が、幸村と十勇士にまつわる逸話を紹介する
大河ドラマが大坂の陣に入る前にと、関連本を手にとってみた
著者は大河ドラマだと『新撰組!』『竜馬伝』『八重の桜』の考証に関わっていて、著作からも幕末が本来の得意分野らしい。三谷幸喜の映画『清須会議』にも携わったそうだが、『真田丸』には特に関係ない模様だ
本書はまず、第一章と第二章で史実の真田信繁(いわゆる幸村)の生涯を取り上げ、第三章で講談から生まれた真田十勇士を一人一人列伝式で語る二部構成となっている
信繁に関しては、幸村を名乗っている書簡を紹介したりと(その信憑性はともかく)史料に沿った分析をしており、「その性格は穏やか」と『真田丸』を裏づけするような逸話も取り上げている
その一方で、上杉家は石田三成と連動して兵を挙げたとか、徳川のプロパガンダを真に受けた、というか大河のノリそのままに話を進めたりしていて、歴史の真実よりも、大河ドラマを楽しむ視聴者を意識したゆるい本なのである

真田十勇士に関しては、その全員があくまで架空の存在であるとする
江戸時代初期に成立した『難波戦記』において、真田幸村の名が広まったが、そこにはすでに三好清海入道、三好為三入道、由利鎌之助、穴山小助、海野六郎兵衛、望月卯左衛門の6人が活躍していた
江戸後期の軍記物語『真田三代記』では、幸村が戦死せず秀頼を奉じて鹿児島に逃れるラストが描かれる
しかし、意外や意外十勇士の筆頭ともいうべき猿飛佐助、そして霧隠才蔵が書物に描かれるようになったのは、20世紀に入ってから。講談を文章化した立川文庫においては、単に幸村の付属物ではなく、主役とした作品すら刊行されるにいたった
十勇士は佐助を除いて(前期の作品において才蔵も)、幸村の影武者となって夏の陣で大暴れして討ち死にするも、専門の忍者なのは佐助と才蔵だけなのもイメージと違った
考証も立川文庫ではかなりいいかげんで、三好清海入道は出羽の領主であり、真田家の武将という(爆)。清海入道は90歳、弟の為三入道が80歳で大暴れとか、いくらなんでも……と思ったが、『真田太平記』じゃ、60歳のくのいちを追いかける80歳の忍者がいたなあ(苦笑)
ともあれ、この立川文庫を源泉に真田十勇士は語り継がれていき、日本のサブカルチャーに多大な影響を残すのである


関連記事 『真田太平記 (一) 天魔の夏』

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松永 義弘 井口 朝生 江宮 隆之 柴田 錬三郎 司馬 遼太郎
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