『真田太平記 (十) 大坂入城』 池波正太郎

最初から負けムード


真田太平記(十)大坂入城 (新潮文庫)
池波 正太郎
新潮社
売り上げランキング: 10,233


ついに、家康は大坂への出陣を決めた。九度山にいる真田幸村は、お江たちの手引きによって脱出し、大坂城へ入る。後藤又兵衛に比べ、名の知れ渡っていない幸村であったが、城外に立てた真田丸の存在感と寄せ集めの牢人たちを掌握した手腕から頭角を現していく。しかし、老練な家康に比べ、秀頼、淀君、大野治長といった大阪方の首脳陣は惰弱。覚悟なき和平交渉へ入っていく

いよいよ大坂の陣、始まる
作者もここを描くために真田太平記を書き始めたといわんばかりに、真田幸村と草の者の描写はノッている。史実パートとオリジナルキャラのパートのテンションの違いが同シリーズの難点だったが、ここでは一体化しているのである
真田信幸改め信之の下にいたはずの樋口角兵衛が、なぜか九度山の幸村と合流。徳川と通じる豊臣の侍女・お通の屋敷にも出入りしていて、隻眼の豪傑ぶりとあいまって非常に不気味な存在、まさに獅子身中の虫である
前巻では初めて昌幸の子であると本人に告げられていて、その驚きと怒りが沼田を飛び出した理由と思われる。正直、今までの我がままぶりから、昌幸の子だと知らなかったというのには拍子抜けしてしまった
さすがに不自然と思われたのか、昔の大河ドラマでは、実は昌幸の子でなかったと打ち明けられて、自害する結末だった。はたして、原作の角兵衛はいかなる運命を辿るのか

家康の、目の黒いうちに蹴りをつけるという執念に比べ、大阪方は消極的な判断を重ねて籠城という、のっけから格負けである
二条城の会見では秀頼の器量を時代の英雄のようにアゲておきながら、大坂の陣では肥満してお公家様のような容貌となり、淀君と大野治長の言いなりとケチョンケチョン
作者の関心は真田幸村にあるのであって、「ベンチがアホやから合戦ができない」といった状況を作って引き立たせる演出になっているのだ
関ヶ原同様に西軍全体に冷淡なところがあって、結果が分かっているといっても、もう少し明るい部分も見せてもらいたかった
あと、猫田与助の死に方が、あれほどお江とすれ違い続けて、あの終わりとは惨かった(苦笑)。なにも80歳のリアルを見せなくてもいいのに……


次巻 『真田太平記 (十一) 大坂夏の陣』
前巻 『真田太平記 (九) 二条城』
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

コメント

コメントの投稿

非公開コメント


(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カテゴリ
SF (22)
RSSリンクの表示
リンク
FC2 Blog Ranking
ランキング
アクセスアップ!?
検索フォーム
はてな
この日記のはてなブックマーク数
タグランキング

サイドバー背後固定表示サンプル

サイドバーの背後(下部)に固定表示して、スペースを有効活用できます。(ie6は非対応で固定されません。)

広告を固定表示させる場合、それぞれの規約に抵触しないようご注意ください。

テンプレートを編集すれば、この文章を消去できます。