『真田太平記 (八) 紀州九度山』 池波正太郎

表の戦より、裏の戦が面白い


真田太平記 (八) 紀州九度山(新潮文庫)
池波 正太郎
新潮社
売り上げランキング: 5,600


関ヶ原の戦いは西軍の敗北に終わった。戦場に遅参という恥をかかされた秀忠は、真田父子を恨みその切腹を訴えるが、信幸の岳父・本多忠勝の助命により紀伊の九度山送りが決まる。一方、家康暗殺に失敗し頭領・壺谷又五郎を失った“草の者”は、生き残った奥村弥五兵衛お江によって上方中心に再編され、来るべき真田父子の決起に備えるのだった

上田城攻防戦、関ヶ原の戦いが終わり、小説は休戦パートに入る
真田家としてはひとつの大きな見せ場が終わったのだが、この作者の場合だと史実の大戦よりも、忍者中心のほうがモチベーションが高いので、面白さは変わらなかったする(苦笑)
お江たちは、長曽我部盛親など元西軍の武将を偵察しつつ、上方に忍び小屋を増やしていく。沼田の真田家は徳川家の勢力圏で安泰なので、彼らは真田父子の決起に専念しているのだ
長曽我部盛親が通う女官“お通は、高い教養から朝廷や大阪方とも交際しながら、裏では徳川家にも通じる曲者。それを見張る草の者たちをさらに山中忍びが迫り、草の者の忍び小屋の隣にお互い知らずに甲賀忍びの小屋があるという、なんだかたまらないスパイ合戦が繰り広げられるのだ

前半に紹介されるのが、真田家の伏見屋敷を仕切る鈴木右近の師匠、柳生五郎右衛門宗章の最期
小早川家を経て城を東軍に明け渡した中村一忠に仕えるが、仕官を勧めてくれた筆頭家老横田村詮が一忠に討たれたことに激怒し、村詮の一派ともに城の一角に立て篭もる
柳生五郎右衛門は少ない手勢で奮戦するが、一忠の父、中村一氏の盟友である堀尾義晴が援軍に来たために、壮絶な討ち死を遂げるのだった。徳川家はキレ者・横田村詮の誅殺を怒るが、その責めは部下に留めて中村家は存続した。しかし、一忠はこの一件で家中の声望を失い20歳で急死。継子の存続が認められず、改易されている
小説では滝川一益の孫である滝川三九郎が一忠に仕えた形で、五郎右衛門が語られる。三九郎は昌幸と愛妾・お徳との間にできた娘・於菊を娶ったことで、真田家の姻戚になっている
ちなみに、大河ドラマだと柳生五郎右衛門の存在が手に余ったのか、滝川三九郎が鈴木右近の師匠扱いとなっているようだ


次巻 『真田太平記 (九) 二条城』
前巻 『真田太平記 (七) 関ヶ原』
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