『真田太平記 (七) 関ヶ原』 池波正太郎

西軍に冷淡


真田太平記(七)関ケ原 (新潮文庫)
池波 正太郎
新潮社
売り上げランキング: 5,320


西軍につくことを決めた真田昌幸・幸村父子は、上田城に再び徳川軍を迎え撃つ。経験の薄い徳川秀忠は、昌幸の詭計により3日間を無為に過ごし、騙されたと知って攻撃した軍は大敗を喫してしまう。昌幸の策略により、四万の大軍が遅延した東軍であったが、西軍に石田三成の不手際、大大名の戦意の無さ、そして小早川の裏切りが重なって、大勝利を収めるのだった

真田家が主役の小説ながら、関ヶ原の割合が多かった
第二次上田城攻防戦は、徳川秀忠の使者に帰順をにおわせることから始まる。まんまと3日間を稼いだ昌幸は、籠城戦の準備に専念。激怒した秀忠とその主従は、上田城の攻略を目指してしまう
東軍にとって上田城の真田家は、会津の上杉家と連動しかねない厄介な存在だった。上杉家には旧領の越後に一揆を起こす動きがあり、信州とは目と鼻の先なのだ
一方、真田昌幸の活躍により四万の大軍を遅滞させた西軍だったが、石田三成と宇喜多秀家、島津義弘の不和により統制がとれない。作者が三成を好きでないせいか、真田家の盟友であるにも関わらず、同情的な視点があまりないのでボロンチョな描かれようになってしまう。真田家以外では、むしろ徳川家びいきなのはどうだろうか(苦笑)

真田家とそれ以外の描写でテンションが違うのが、このシリーズのネックなのだが、真田家の草の者については当然バッチリである
甲賀の山中忍びに、草の者が徳川家が迫る上田城へ引き上げたと見せかけて、複数の集団が家康暗殺を目指す
単独行動にこだわるお江は単身、三河武士の未亡人からなる家康のお供衆に忍び込むが、あと一歩のところで宿敵である猫田与助に阻まれる
この一件があったことから、家康は影武者を立ててしまい、奥村弥五兵衛たちの決死の襲撃が無駄になってしまう
そして、草の者の頭領である壺谷又五郎は、関ヶ原の乱戦のなか、京極家の手の者に化けた家康に近寄るが、山中内匠長俊に看破され両者刺し違えることに。まるで最終巻のような凄まじい消耗戦である
シリーズの半ば、大阪の陣を前にして、多くの草の者が倒れるどころか、頭領まで失ってしまった。佐助は順調に成長しているけども、草の者はだれが束ねていくのやら


次巻 『真田太平記 (八) 紀州九度山』
前巻 『真田太平記 (六) 家康東下』
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