『桃源郷』 下巻 陳舜臣

現代の難民に逃げ込める桃源郷は……


桃源郷〈下〉 (集英社文庫)
陳 舜臣
集英社
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アラムートの長老ハサン・サッバーフ大詩人ウマル・ハイヤームは、陶羽たちに「マニ」の名を捨てる「まことの教え」を遺言に残した。陶羽一行はスーフィーの姿を借りて、ユーラシアの西端、イベリア半島のコルドバへ旅立つ。一方、西遷を開始した耶律大石はカラ・ハン国を攻め、その宗主国であるセルジューク朝の大軍と対決するのだった

西方マニの領導だった二人の老人が死んだ
二人が残した遺言は生前に語っていたとおり、「マニ」の名を捨てること。名前にこだわることが、他の宗派との対立を生むというのだ
では、名を捨ててどうやって生き抜いていけばいいのか。陶羽たちはサッバーフの遺言で、ムラービト朝のイベリア半島へと旅立つ
彼らが身をやつしたスーフィーは普通のイスラムの教えから少し外れて、違う方向から神の教えを実行する神秘主義者。イスラム教の伝播に貢献したことから、ムスリムのなかでも一種の変り種として認められていた。実際、イスラム社会のなかで異教徒が教えを守るためにスーフィーに化けることはあっただろう
物語は上巻でほぼ大筋が判明していて、下巻は半ば答え合わせである。登場人物はサッバーフやハイヤームの言葉をヒントにそれぞれの生き方を見つけていく
異質な文化、異質な文明が衝突したとき、どうすれば破局を避けられるのか。「マニ」は形式を徹底して捨て去ることで、それぞれの社会で溶け込んでいった
小説で国家や個人の闘争・興亡を扱いながら、それを超えた人間の関係を描いてきた大家の集大成ともいうべき作品だ

マニ教は西ではゾロアスター教に、東では唐の武宗の時代に大弾圧を受けた
世界宗教は弾圧の時代を乗り越えて、強靭な組織を作り勢力圏を拡大していく
しかし、マニ教徒の採った道は違った。むしろ、自己のアイデンティティを極限まで主張しないことで、隠れる道を選んだ
中国の泉州では、独特の信仰を保ちつつ自分が何に帰依しているか知らない人々がいて、マルコ・ポーロの『東方見聞録』にも記録されている。ここまで形式を消し去れば弾圧される心配もない
小説の上巻でも出てきた彼らこそが、生まれ変わったマニ教の境地であり、陶羽たちも長い旅に末にそこへたどり着く
マニ教徒すべてが社会に対して受身であったかというと、そうでもない。耶律大石西遼(カラ・キタイ)を建てるにあたって、遼の制度である一国両院制をあえて残して民族ごとの習慣を大事にしつつ、信仰の自由と引き換えに布教を禁止した。宗教が自己主張して排他的になることを警戒したのだ
耶律大石は志半ばに倒れたが、それに続くモンゴル帝国は宗教に寛容(というか無関心?)だったし、イスラム系の大国にはミレット制の伝統が受け継がれていた
グローバリゼーションによって様々な宗教や価値観の人間が入り乱れる現代にこそ、マニ教の試行錯誤に学ぶべきかもしれない


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