『桃源郷』 上巻 陳舜臣

壮大なマニ教の物語


桃源郷〈上〉 (集英社文庫)
陳 舜臣
集英社
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12世紀初頭の東アジア。中国北部を占める遼(契丹)は、女真族の金の台頭で滅亡の淵に瀕していた。遼の王族・耶律大石は西遷を想定して、若い官吏・陶羽を西方へ送り出す。陶羽は「桃源郷」より下界に遣わされた探界使の末裔であり、同じ子孫である白中岳ともに、海からセルジューク朝のペルシャへ向かう。その道程で方臘の乱に参加した安如泰イスマイル派の長老ハサン・サッバーフらと出会い、隠された世界を知ることとなる

ユーラシアの東西を股にかける壮大な歴史小説
遼(契丹、キタイ)は北宋を苦しめて、中国北部を250年支配した強大な王朝であり、モンゴル系の遊牧民と漢民族が共存する多民族国家だった。しかし小説の時代には、女真族の英雄・完願阿骨打と宋の挟撃を受けて滅亡の危機にある
主人公の陶羽は、秦滅亡の混乱期に武陵地方に逃れたといわれる「桃源郷」の人々の子孫であり、耶律大石の命を受けつつも桃源郷の「探界使」として白中岳と旅に出る
しかし、小説のテーマとしてクローズアップされるのは、マニ教である
宋が遼から燕雲十六州を奪還すべく北伐を開始した際に、漆園の経営者・方臘が反乱を起こす。この方臘は中国における「喫菜事魔」=マニ教のリーダーであり、その乱に参加した安如泰はペルシャへの航海に加わり、伝説の暗殺教団の拠点・アラムートにも姿を現す
隠れマニ教徒たちは、いったい何を理想として目指していくのか
主人公が一癖二癖ある登場人物に翻弄されっぱなしだが(苦笑)、学生時代に手慰みに翻訳し始めたというウマル・ハイヤーム『ルパイヤート(四行詩)』の引用が要所に入り、広大なユーラシアの空気を伝えてくれる

マニ教はゾロアスター教を母体として善悪二元論に立ちつつも、闇に光が最後は勝つというゾロアスター教とは違い、永遠に闇と光は交わらないという立場をとった
教祖マニササン朝のシャープール1世の庇護を受けて信者を増やし、教典を残す。しかし、その王の死後にゾロアスター教の神官たちが同教の国教化を謀り、マニ教は大弾圧を受ける
マニは王命により捕えられ、死体に藁を詰められて吊るされたといわれる
中国においても、唐の武宗の代に大弾圧を受けており、信者は仏僧の格好をして処刑されるという屈辱を受けた。武宗が道教の道士に耽溺したから起きた弾圧だったが、マニ教徒たちはその教えを由来さえも隠すことで生き延びていく
この時代に堂々とマニ教を信仰できるのは、ウイグル族の地域のみだった

小説では、多くの登場人物がこの「隠れマニ教徒」として、つながりを持つ
方臘の乱時に宋へ投降した宋江(『水滸伝』の梁山泊の頭領!)もその一派とし、耶律大石も信者という説をとる。それのみならず、同時代を代表する天文学者にして大詩人のウマル・ハイヤームと伝説のアサシン教団を率いるハサン・サッバーフが西方マニの領導とさえしてしまうのだ!
マニ教には教祖マニが処刑された日を偲んで断食する習慣があり、イスラムのラマダン(断食月)の魁とも言われる。マニ教は他宗教の教義を融通無碍に吸収していく特徴があり、他の宗教からまた他の宗教へ戒律や儀礼を伝播する触媒の役割を果たしたらしい
アラムートの長老が残す言葉。「空に飛び散ることばには、なんの重みもない。……風に吹かれるにまかせておけばよい。あとにはなにも残らない」は、特定の宗教にかじりつかない古代オリエント、ヘレニズムの精神を表しているようだ
果たして、民族や宗教の対立を超える「桃源郷」はこの世の実現できるのだろうか、陶羽たちの旅は続く


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