『イスラーム 生と死と聖戦』 中田孝

解説に距離を置かれる本も珍しい


イスラーム  生と死と聖戦 (集英社新書)
中田 考
集英社 (2015-02-17)
売り上げランキング: 135,810


イスラームとは、どんな宗教なのか。イスラム教徒の専門家がその実態を明らかにし、ISではないカリフ制の在り方を展望する
著者は日本には数少ないイスラム教の神学者で、誤解されがちなイスラム教を簡単な入信方法、戒律の性質、イスラム社会の考え方から、はては『涼宮ハルヒの憂鬱』を引いて科学の進歩に対応する一神教の世界観まで紹介していく
本書から見えてくるイスラム教とは、ゆるい一神教の姿である
入信には二人のムスリムが立ち会えば行えるし、聖職者という存在を必要としないムラーはあくまで法学者であり、帰依する存在ではない。神の教えを知らない人間が、地獄に行くわけではないので、新しく広まった地域でも先祖が地獄に落ちず、安心して改宗できた
アラーは慈悲深いので、罪よりも功徳を高く評価してくれるので、だいたいの人は天国行きが約束される。厳父型のキリスト教よりも大甘なのだ
なるほど、これなら広い地域に受け入れられるだろう
ただし、普通の人間は死ぬと墓場に霊魂は留まり、最後の審判を待つが、殉教者は天国に直行できるという教えがある。これがテロリズムに利用されているようだ

面白いのはイスラムの世界観では、一神教とアニミズムが同居していることだ
この世は神が人間のために創ったのではなく、全ての物に「霊」(ルーフ)が宿っているとされ、万物は自然に神の命令に沿って存在している。人間だけが神の命令に背ける理性を持つので、戒律が必要となるのだ
著者からすると、日本の八百万神はアラビアン・ナイトの魔神「ジン」のようなものであり、アラーとは別次元のものとして共存できるそうだ
その一方で、神の命令=戒律を法学的に思考する側面があり、ムハンマドの口伝・法話を元にした『クルアーン(コーラン)』、弟子たちが残した言行録『ハディース』を引いて、法学者たちがその戒律にどういう意味合いがあるのか、どの程度は許されるのかを判断していく。借金があると天国へ行けないなど、現世的な法もある
そうした解釈を下せる法学者に明確な条件があるわけでもなく、人によって様々な解釈がなされていく。ローマ教会のような絶対的な権威が存在せず、個人が聖典に向き合って解釈できるあたりは、プロテスタントに近いイメージである
なぜ、先進地域の中東から近代は生まれなかったのか? 宗教としてのイスラムは行き届き過ぎていて、偏狭なキリスト教社会が近代が生んだような、葛藤に欠けていたのかもしれない

著者は学生がISへ入国するのを助けた一件で、非常に誤解される立場にある。ただし、ISの存在を肯定しているわけではない
ISはその他宗教への虐殺もさることながら、「国家」を語ることが気に入らない
イスラムの理想は、イスラムの土地をイスラム教徒が自由に移動できることであり、近代国家の体裁をとり国境を作ることはそれに相反するのだ。中東の混乱はイスラム圏に欧米の理屈、近代国家と国境が持ち込まれたからであり、それを破壊する点でのみISを認める
ジハードの条件はカリフがいない今、異教徒からの防衛戦に限られるので、ISの戦いはジハードとしては認めない
既存のグローバリゼーションは物と金の移動のみ認めるから、この世に不均衡が生じるのであり、人の移動を認めるべきとする。正直、人の移動を無制限に認めれば、シリア難民にEUが泡を吹いたように大混乱が生じるのだろうが(苦笑)、イスラムと新自由主義は案外、親和性があるようだ
欧米型の民主主義や政教分離は帝国主義や世界大戦を生んだので信用できず、著者の理想はカリフ制によるイスラム圏の統一である。1924年にオスマン・トルコのカリフが退位して以降、イスラム圏に法を判断するリーダーが不在となり、中東の混乱が始まったというのだ
現在の中東の国家は、近代化に対抗すべく欧米の法体系や制度を受け入れて、イスラムの民衆を統治する体制なので、国家の法とイスラムの法が二重に存在している。それを一元化しようというのが、いわゆるイスラム原理主義なのだろうし、イスラムの伝統から逸脱するISは原理主義からかなり離れた存在だと理解できた
その価値観は解説の池内恵『イスラム国の衝撃』の著者)から批判されるのだが、イスラムの内側から見た世界はなかなか興味深いものだ


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