『前田敦子はキリストを超えた』 濱野智史

いつまで保つのかな


前田敦子はキリストを超えた: 〈宗教〉としてのAKB48 (ちくま新書)
濱野 智史
筑摩書房
売り上げランキング: 128,713


予想どおり、香ばしい新書だった(苦笑)
タイトルの由来はもともと、評論家・宇野常寛がエイプリル・フールに出版される本の題名として挙げたもの。著者は本気で「キリストを超えた」と思っていたから、本にしてしまったという!
急仕立てで出したためか、素の意味で薄い本だ
アイドルやミュージシャンとファンの関係を宗教家と信徒に喩えるのはよくあることなのに、AKBと過去のアイドルの在り方を比較もしないし、宗教についても吉本隆明の『マチウ書試論』を持ち出して、アンチが教祖のカリスマ性を高める構図を示すのみだ
とりあえず著者は、ぱるる(=島崎遙香)推しである

著者がAKBが現代の宗教たりうる理由としてあげるのは、「近接性」と「偶然性」
近接性とは、握手会や狭いホールでのコンサートなどで身近に触れ合えること
偶然性とは、そうした閉鎖空間のなかで活動を続け、偶然にアイドルにファンとして認知されること、あるいはアイドルの魅力に気づくこと
成熟した社会では、「必然性」に満ちて息苦しいぐらいなので、コンサートで偶然に目が会う、アピールが認められるといった「偶然性」こそが、真の快感となる
宗教の教義として掲げるのは、「いま・ここ。特に分析されるわけではないが、「今、ここで楽しめばいい」というメッセージは秋元康の歌詞に散見されるらしい。それが秋元康自身の思想なのかは、よく分からん


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