『琉球の風 疾風の巻』 陳舜臣

圧倒的な戦力差


琉球の風(二)疾風の巻 (講談社文庫)
陳 舜臣
講談社
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ついに島津が琉球へ侵攻した。奄美大島はほぼ無血で明け渡されたものの、徳之島では謝名親方の娘婿・翁盛棟が徹底抗戦し、多くの死傷者が出る。尚寧王はあまり激しい戦いをしては島津の報復が酷くなると憂慮。啓泰も沿岸部の大砲を威嚇に留め、海賊から調達した鉄砲を野に隠した。結果、首里城で籠城する前に島津への降伏が決まり、尚寧王と重臣たちは鹿児島へ送られ、主戦派の謝名親方は戦犯として扱われることに……

島津の「琉球入り」に対して、琉球側は早くから敗戦を覚悟していた
抗戦派の目的は、琉球が独立国家である足跡を残すことだった。謝名親方も玉砕などは考えておらず、最低限の犠牲で意地を見せるように配慮していた
大河ドラマでは太平洋戦争を意識してか、無茶な抵抗で犠牲を増やした演出がされていたが、小説では抵抗したことが薩摩側に評価されて鹿児島では琉球の英雄と歓迎された
ただし、実戦において両者の戦闘力には雲泥の差があった。200年来、戦闘のなかった琉球にはまともな武器もなく、護身術としての拳法と投石でゲリラ戦をするしかなかった
琉球側も江戸幕府や薩摩が明との交易に参画したいことから、王朝が護持されると計算しており、抗戦派と和平派はそれぞれの役目を果たしてよりよい琉球の将来を目指したのだ
「琉球入り」の結果、琉球は奄美大島を失うが、そもそも大島を支配下に置いたのは40年前に過ぎず、それも島民から「大親」を選ぶ間接統治だった。薩摩と琉球の間にある島々の人々、七島衆は、両者を天秤にかけつつ二重スパイを行っていて、島ごとに王朝への温度差がかなり違う

地味な主人公、啓泰の境遇は複雑である
父親の陽邦義はもともと明国人の医者。琉球に滞在するうちに啓泰の母である少英と知り合い結婚するが、それには少英の計算があった。彼女は明の僧侶・淨雲に惚れていて、大陸へ渡りたかったので結婚しただけだったのだ
事情を知った陽は、元朝由来の被差別民・曲蹄の女と駆け落ちしたことにし、少英は淨雲の元へ行く。しかし、僧侶としての淨雲は仮の姿で、その正体は海賊。少英は囲いものにされただけだった
それを救ったのが久米村に住む震天風であり、助けられた少英は琉球にも帰れず、三味線の腕を生かして京都の茶屋四朗次郎のもとに身を寄せるのだった
大河ドラマだと少英は小柳ルミ子が演じていて、中国で若い恋人(=羽賀研二!)と一緒になっており、茶屋四朗次郎の元には啓泰の従兄弟・羽儀(=工藤夕貴)が転がり込んでいたと思う
一方の陽邦義は二人の息子、啓泰と啓山を明国と縁の深い久米村に預け、曲蹄の女性が死んだことで倭寇を通じて薩摩へ渡り新しい家庭を築く
とまあ、こんな複雑な人間関係があるものの、物語半ばを過ぎて特に進展はない(苦笑)。啓泰が鹿児島まで随行したので、顔を合わせる機会はあったはずだが……


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