『敗戦真相記』 永野護

きな臭い人でもあるらしい


敗戦真相記―予告されていた平成日本の没落
永野 護
バジリコ
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日本はなぜ負けたのか、これからどうすればいいのか。敗戦直後に一経済人が語った戦後日本の出発点
著者はFSSの作者ではなく(笑)、渋沢栄一の秘書をしたのを皮切りに証券会社などの取締役を歴任、戦中・戦後に衆議院議員となり、第二次岸内閣で運輸大臣に就任した政財界の要人だ。弟たちも政財界で活躍したことから、「永野兄弟」の長兄として名高かったという
本書に元になったのは、なんと1945年9月に行われた講演!
終戦直後の混乱冷めやらぬ間に、冷静に敗戦の過程を分析し、ポツダム宣言から想像される日本の将来を驚くべき正確さで予見している

まず敗戦の原因に関しては、国策の基本理念からして間違っていたと指摘
自給自足主義を目指したのが間違いで、満州国で立派な近代都市を作っても、現地民の人人心を得ることはなかった。永野も日本語が上手い中国人の知人から、「ロシアと戦争になったら、ロシアにつくよ」と言われ絶句したという
いかに名分を語ろうと、植民地である以上は本国の利益が第一であり、現地人の福祉は二の次以下になるのだ
フィリピンにおいても、山下将軍が「フィリピン人の協力をまったく得られなかった」と語り、アメリカへつくものが多かったという。日本がアジアの解放に貢献した云々は、敗戦直後に否定されていたのである
戦争指導においても、陸海軍が様々な局面で張り合って、松根油のために松の木を争ってしまう。総力戦とはほど遠い状況証拠がいくつも示されて、ため息が出る
極めつけは、トロツキーの論文『噴火山上の日本』の引用。「日清戦争は日本が支那に勝ったのではない。腐敗せる清朝に勝ったに過ぎない。日露戦争は日本がロシアに勝ったのではない。腐敗せるロマノフ王朝に勝ったに過ぎない。要するに、これは一つの後進国が、さらに一層遅れた後進国に対する勝利に過ぎない」「日本は日清日露の成功に思い上がり、東洋制覇の事業に手を出し始めたが、これは早晩、アメリカかソビエトロシアに対する衝突を招くだろう。日本の生産と科学は果たしてこの大戦争に用意ができているかどうか。日本国民の神秘主義と精神論は、この大戦争によって冷酷にテストされるに違いない」

焼け野原となった日本については、ポツダム宣言から国の建て直しを考える
日本は武装解除されたが、国家が分断されたドイツよりはマシ。むしろ、国家財政の過半をもっていった軍部がいなくなったことで、国民の教育と福祉に意を払えるとする
戦争犯罪人については、アメリカはパールハーバーの開戦責任にこだわるのは仕方なく、日本国民と軍部を分ける発想に注目。無条件降伏ではないことを強調する
進駐軍の方針が他国に戦争を仕掛ける軍勢力の除去と民主主義の確立を条件とするのなら、永野は日本にとって悪くない話と考えているのだ。敗戦革命的な発想自由主義者の経済人から飛び出すのは意外だ
ポツダム宣言の条文を読み直して行くと、日本国憲法の下地になっていることが分かる。良かれ悪しかれ連合軍の政策が元になっているのだ
日本が純粋な農業国でやっていくのでは、江戸時代の人口三千万人しか養えない。肥料も海外からの輸入が必要なので、必ず外国と付き合わざる得ない
日本には人が余っているので、単純な工業製品ではなく複雑な工程を経る時計などの精密機械の製造を目指すべきとする。高付加価値の製品を輸出して、物のない日本は必要なものを輸入するしかない。高付加価値産品の輸出は今でも求められていることで、現代日本の出発点は焼け野原の現実にあったのだ
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