『小説 土佐堀川 広岡浅子の生涯』

淀川中ノ島で南に分かれた河川を土佐堀川と呼び、加島屋は肥後橋前にあった
地名はたしか、土佐藩の蔵屋敷があったからだっけ


文庫版 小説 土佐堀川 広岡浅子の生涯 (潮文庫)
古川智映子
潮出版社
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豪商三井家から17歳で大阪の両替商に嫁いだ浅子は、維新による大変動の中で商才が覚醒する。大名家の貸付が焦げ付くなか、いち早く炭鉱業に目をつけ苦境を脱する。五代友厚渋沢栄一の知遇を得、近代的な銀行業にも乗り出し大経営者へ成長していく。暴漢に襲われ生死を彷徨ってからは、保険会社を合併させ大同生命を誕生させ、女子教育に力をいれ日本女子大学の創立にも関わった。駆け抜けた女の一代記

朝ドラ『あさが来た』の原案本である
小説は加島屋に嫁いだところから始まり、その晩年まで事跡を追いかけていく。文章が軽快で読みやすく、するすると数日で読み終わることができた
その読みやすさは、作者があまり価値判断を挟まずに、立志伝的にまとめたところがあり、文学的には鉱脈となるエピソードもあまり掘り込まれていない
朝ドラとの大きな違いは、経営で忙しいために旦那の信五郎にお付きの小藤を側妾としてつけ、後継者の男子を産ませたところだ。とうぜん、朝ドラではその存在が割愛されている。解説の宮本輝が暗に突っ込むように、本来なら女性にとってかなり複雑な行動のはずである
広岡浅子が推し進める女性教育の活動と相反するものであり、そのあたりの葛藤はひとつの焦点となるはずなのだ
とはいえ、広岡浅子の一生そのものがぶっとんでいるので、それを描き切っただけでも十分面白いのだが

広岡浅子の実家は、三井家のなかでも京都の油小路出水の三井家
三井高利の代に急拡大した三井家は、高利が11人の子に店を継がせた上に、本家と分家の区別なく兄弟の家が助け合う遺訓を残していた。その“三井グループ”を統括する「三井大元方が設立され、そこから各三井家の生活費が支給され、事業と家政が分離が進められていた
幕末に「三井大元方」を務めた三井高喜は、多くの両替商が手控えるなか、官軍にいち早く資金提供して新政府に食い込み、三井銀行設立につなげている
浅子はこうした三井家の伝統のもとで育てられ、危機に際しては実家の協力をぞんぶんに得ている
といっても、浅子が見せる行動力は尋常ではない。肺結核に倒れるまで貿易商・毛利友信の家に通い、炭鉱へはピストル一丁差して鉱夫たちを仕切ってみせる。かつての同業者に刺されて腸の大半を切除しながら大同生命の構想を練り、乳がんの手術を乗り越えて女性教育への情熱を絶やさない
文字通りの「九転十起」なのである
村岡花子市川房枝が浅子と出会うのは、晩年に御殿場の別荘で開いた合同勉強会であり、浅子は共同生活のなかでもっとも力の要る水汲みを担当したという
豪快な別荘を建てる自己顕示欲に苦笑してしまうものの、考えてみると女性がこの時代に自力で豪邸を立てること自体が壮挙なんだな


広岡浅子徹底ガイド おてんば娘の「九転び十起き」の生涯
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