『ドリアン・グレイの肖像』 オスカー・ワイルド

男色が罪になる時代の作品


ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)
オスカー ワイルド
新潮社
売り上げランキング: 27,822


人が羨む美青年ドリアン・グレイ快楽主義者のヘンリー卿に出会い、世の常識に囚われない考え方に感銘を受ける。いつまでもこの若さと美貌を維持して、思うままに生きられないだろうか。ドリアンは画家バジル・ホールウォードが描く自らの肖像画に、老醜を委ねるように願をかけ、実際にその恩恵を実現する。しかし婚約者のシビルを失ったことから、それを埋め合わせるように悪の道へ走る

19世紀イギリスの異端の作家オスカー・ワイルドの代表作
序文から飛ばしている。画家の序文には、作家自身が登場「(モデルの)美少年が老いて醜くなるのを見たくない」と思ったから書いたと創作の動機があっさり明かされる(ちなみにこの画家は作中で……)
もう一つの序文では、高らかに耽美主義の芸術論を開陳。芸術は「ためになる」から価値があるわけではなく、芸術は芸術単独で価値がある……と芸術と美を称揚しつつ、「芸術が映し出すものは、人生を観る人間であって、人生そのものではない」と警句も用意されている
さてその本編はというと、シンプルに美青年の転落劇である
誰もが立ち止まる美貌と若さを振りまきつつ、なおかつそれを永遠のものとする肖像画を手に入れて、なんの曇りのない将来が用意されているはずだった。しかし場末の美人女優シビルとの恋愛、その悲劇から、贅と悪徳を極める道へと突き進む
小説としての問題は、18歳から37歳までの悪徳の限りを尽くしている期間がはぶられていることだろうか(苦笑)
その間に、ドリアンが世界の珍奇な品を蒐集したとあり、作者の薀蓄がこれでもかと披露される。その博覧強記は圧巻であり、中盤は豪勢な枝葉となっている
とはいえ、作中で20年が過ぎた後半からは、不良から犯罪者へとさらなる転落があり、紆余曲折の果てに鮮やかな終焉が待っている。その美しさで帳尻のあう名作だ

ドリアンくんが悪の道に走るといっても、堂々たる悪人にはなれない
単に美貌にものを言わせて男女を弄ぶだけで、取り返しの行かない罪を犯してからも、それを覆い隠そうと大慌てする凡夫である。人間離れした美貌を持つわりに、きわめて等身大の小人物なのだ
そもそもヘンリー卿は、ドリアンのような無軌道な人生を説いていたのだろうか
終盤にヘンリー卿は妻が家出して淋しいと告白し、「人間は死と俗悪からは逃れられない」とらしくない警句を吐く。ヘンリー卿も実のところ、世の常識を踏まえたうえで寄り道を楽しんでいたに過ぎず、人生のスパイスとしての悪徳を愛好していたのだ
無垢なドリアンは、ヘンリー卿が諧謔として語る部分を唯一の真実として受け入れ、シビルを失った苦しみから逃れるため言葉そのまま、のめりこんでしまった
生兵法は大怪我の源。解説にもあるように、序文の演説のわりには、物語は教訓話になっている
ただし、30そこらまで青年のように遊び続けて、妙な年の取り方をしてしまったドリアンという存在はきわめて現代的。モラトリアム人間には、胸に響く作品である
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