『箱根の坂』 上巻 司馬遼太郎

戦国の黎明期


新装版 箱根の坂(上) (講談社文庫)
司馬 遼太郎
講談社
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京の南の山深く、田原荘に住む山中小次郎は、次男坊の“若厄介”であることから、幕府の重臣・伊勢家の娘の護衛を命じられた。応仁の乱前夜、血気盛んな足軽たちを避け、時宗の聖・願阿弥の助けを借りて、伊勢家の屋敷へたどりつく。そこで小次郎は、鞍作りに励む武士に出会うのだった。その名は伊勢新九郎、のちの北条早雲である

戦国時代の下克上を代表する北条早雲の物語
「下克上」という先入観から名も知らぬ素浪人と思われがちな早雲だが、室町幕府の政所執事を預かる伊勢家の出身。政所執事は将軍の側近中の側近であり、当時の当主・伊勢貞親は応仁の乱を遠因を作ったといわれるほどの権勢を誇った
小説では「新九郎」の名から九人目の男子でかつ、庶子だと推測している。応仁の乱で零落する展開となり、名門の出という史実と「下克上の素浪人」というイメージを折衷したような人物だ
上巻では、応仁の乱前夜の世相に重点が置かれていて、足軽の台頭、時宗に代表される大衆宗教、一芸で名を挙げる名人たちと、下からの革命が進行している

最初に視点となる人物が、山中で畑を耕す“若厄介”山中小次郎
小次郎は米を育てないために一人前の人間と見なされず、一旗挙げるために風雲の京へ出立する。彼の住む田原荘は、大名の支配から独立した農村であり、自らの意思で東西どちらにつくか選ぶのだ
(田原荘は現在の宇治田原であり、管理人の住む宇治からはバスで行ける。もの凄く親近感が湧いた)
鎌倉時代に成立した将軍-守護-地頭-農民の秩序は、農業技術の発展による生産力の向上で下々から崩されていて、力のある農村は自力で武装して守護を追い払った
この時代に誕生した言葉に「一味があり、これは武家の支配によらない農民同士の横の連帯を示したという
それに対応するように現れたのが、軍事勢力としての足軽。伝統的な武士の価値観から離れた峻烈な戦いをする彼らは、合戦の帰趨を決める存在となった
小説では、稲荷大社にこもる骨川道賢が、管領・細川勝元から左衛門尉の位(朝廷の官位!)を授けられていて、下克上の象徴として描かれている。そのえげつない名前のわりに純な性格であり、その後の時代を動かす新人類として扱われていた(本人は応仁の乱で非業の死を遂げる・・・)
農業生産力の向上が農村の人口を増やすとともに、厄介者たちが都へ流入し足軽という存在を生んだ。独立する農村が、彼らのような独立した個人を生む源となったといえよう

こうした新たな人種を支える精神的バックボーンが、時宗、浄土宗に代表される大衆仏である
小説でクローズアップされているのが、一遍上人による時宗であり、その教えを純粋に守る願阿弥という聖(ひじり)がキーマンとなる
浄土教の「法(絶対の真理、仏法)の前には、皆平等である」という思想が、液状化した身分社会へ浸透し、心の支えとなっていく
ただし、そうした浄土系の宗教が教団として組織化されていくと、教団内で身分制度や権威が生まれ、本来の理想から遠ざかって行く現実もあった
さて肝心の伊勢新九郎(後の早雲)はというと、八代将軍・足利義政の弟である義視に奉公衆として仕えて、対今川家の渉外を担当しつつも、応仁の乱で一挙に没落。鞍作りの職人として各地を旅しつつも、盗賊に身ぐるみを剥がされ文字通りの裸一貫にまで落ちぶれる
しかし、襲われた土地は妹・千萱の嫁いだ今川家の駿河国。次巻、どん底からの逆襲が始まる


次巻 『箱根の坂』 中巻
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