『果てしなき流れの果に』 小松左京

アニメ化企画が復活しないか


果しなき流れの果に (ハルキ文庫)
小松 左京
角川春樹事務所
売り上げランキング: 18,482


理論物理研究所の助手・野々村は、研究所の大泉教授とその友人の番匠谷教授から、砂が落ち続けても減らない砂時計を見せられた。四次元が絡む大発見に、三人はそれが見つかった遺跡の発掘現場へ向かう。しかし謎の男に遭遇した後、大泉教授は変死、番匠谷教授は意識不明の重態、野々村はタクシーで移動中に行方不明になってしまう。野々村の恋人、佐世子は、遺跡のふもとの村で彼の帰りを待ちわびるが……

出だしからは想像もつかない、壮大な物語だった
なにせ構成が凄い。現代の事件としては、第一章、第二章で結末を迎え、早くもエンディングまで見せられてしまう
その後、地球が滅びようとする未来に話が飛んで、謎の宇宙人たちが来襲。地球人たちを時空を越えた過去や、地球から遠く離れた惑星へ強制移住させたりと、超展開を見せる
そして、タイムパラドックスを巡る管理サイドと反逆者の苛烈な戦い!
人間が宇宙へ飛び出して、量子学における多元宇宙を体感するまで認識を広げてしまったら、人間の存在はどうなるのか。そんな高尚な問いかけを突き詰めつつも、神の領域へ到ろうとした人間が、結局は記憶すら曖昧な存在へ転落し、最後はささやかなラブストーリーに収束していく
あれだけ思考実験を繰り返して、静かに終わりを受け入れ、自然の変化を楽しめる境地こそが高次の精神ではあるまいか、というまとめ方は作者の巨大さを感じずにはいられない

あんまり感動し過ぎて、これ以上何を書いていいか分からない
ひとつ書いておきたいのは、富野監督によってアニメ化する企画がかつてあって、それもわかるということである
ガンダムのニュータイプは、宇宙に上がった人類がその環境から認識力を高めたことから新しいセンスを得る。本作では科学テクノロジーの発達によって活動領域を広げた未来人(宇宙人?)が、それに基づいた高度な認識力からより低いランクの人類を差配していく
人類のなかで高い素質を発揮した松浦は、気が狂うような過程で未来人の仲間入りをするが、反乱軍Nと時空を超えた戦いを繰り返すうちに、より高次の意識に管理される自分に疑問を持つ
そして、その高い意識とはなんなのか? クライマックスではそれが突き詰められ、宇宙の法則と一体化したレベルまで示されるが、肉体の限界を超えてしまい、低い<階梯>の存在へと降りて行く
富野監督の描いたニュータイプにも、Zのカミーユのように認識力を研ぎ澄ませたゆえに精神が病むケースがあり、その後の作品では土着性(地球)、肉体への回帰がテーマとなった
本作の展開そのものが、ニュータイプ論の変遷にもいえるのだ
ちなみに本作は1965年の作品(!)。SFで展開された想像力が様々な方面に影響を与えていて、富野監督の宇宙世界はハインライン小松左京(+アーサー・C・クラーク?)がベースに思えるがどうだろう。いつか、それをネタに記事を書きたいものだが、致命的にSFを知らんのでねえ
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