『第三の嘘』 アゴタ・クリストフ

いろいろ、ちゃぶ台が返る


第三の嘘 (ハヤカワepi文庫)
アゴタ・クリストフ
早川書房
売り上げランキング: 15,936


国境を越えて亡命した“リュカ”は、30年の月日を越えて自由になった祖国に戻ってきた。別れた兄弟“クラウス”を探しに、出国ビザの期限を越えて居酒屋でハーモニカを吹き、その名残を探す。ビザの期限切れを知られ監獄に入れられるが、本国へ送還される数日前に“クラウス・リュカ”という名の詩人がいることを知る。離れ離れになった兄弟の真実とは……

『悪童日記』『ふたりの証拠』に続く、三部作の完結編
時系列的に三部作の最終章にあたるものの、作品の性質は前作と前々作との違い以上に異なる。前半は国境を越えて亡命したリュカの視点から、後半は祖国に残ったクラウスの視点から、「私」の一人称で語られる。私小説のスタイルになっているのだ
『ふたりの証拠』では、クラウスが亡命しリュカが祖国に残っていたはずだったが、『第三の嘘』ではこれが。リュカは亡命した時に、「クラウス」を名乗ったからだ
そればかりか、『悪童日記』における「ぼくら」は、まったくの一人になったリュカがその孤独の辛さから想像した双子であり、『ふたりの証拠』で書かれたリュカは亡命しなかった自分を想像したフィクションということと判明する
と、地続きの世界観で考えると、衝撃の前作・前々作をひっくり返す最終巻ということになるが、これは多分そう読んではいけない。各作品を一種のスピンオフと捉えるのが妥当で、それぞれの体裁で語られた真実があると考えるべきだろう
この『第三の嘘』というスパイスを加えるか加えないかで、前作・前々作の意味が変わってくるのだ。厄介な作品だが、一粒で二度三度おいしいともいえる

『ふたりの証拠』の最後にも、年老いたクラウスが帰国するのだが、それが本作につながるかも怪しい。本作が真だとすると、リュカのヤスミーヌ殺しはフィクションとなるからだ
それはともあれ、リュカは冷戦崩壊で自由になった祖国へ戻り、本当の自分を語り始める
リュカには、実際にクラウスという双子の兄弟がいた。しかし、母が別れ話を切り出した父を射殺するというトラウマな事件に遭遇し、しかも流れ弾に当たって足が不自由になる(『ふたりの証拠』でリュカが障害児のマティアスに執着したのは、昔の自分に見立てたからだろう)
リュカはリハビリセンターに預けられるも、空襲に遭い祖母の家で養われ、ハンガリー動乱(1956年)をきっかけに亡命する
クラウスの方は、父の愛人だったアントニアに養われ、七年後に精神病院から戻ってきた実母と共に暮らし始める。実母は実際にいるクラウスを罵り、怪我を負わせたリュカを理想化して待ち焦がれる
クラウスは別れた兄弟に複雑な思いを抱えつつも、家庭を作り「クラウス・リュカ」の名で詩を発表していた
そんな状況が続くなかで、自由になった祖国で兄弟が再会する
リュカはクラウスを発見するが、クラウスはリュカを認めない。クラウスはリュカが死んだことを前提に続いてきた環境が崩れることが怖いのだ。リュカはただ己が書き続けた帳面だけを渡して、街を去る
亡命した人間にとって、故郷は昔の記憶のまま理想化されるが、実際の故郷はまったく違う時間を過ごして変わり果てている家族すら、違う生き物のように隔ててしまう時の無惨さが描かれている

解説によると『第三の嘘』は、アゴタ・クリストフの実体験に一番近い内容らしい
アゴタにはクラウスといういつも共に過ごしていた兄がいて、ハンガリー動乱でアゴタはスイスへ亡命し、クラウスは祖国に残ったという。インタビューでは「ハンガリーに帰郷しても、自分のいた痕跡を発見できない」と告白している
自身の直接的な亡命体験から『第三の嘘』は生まれたのだ。また、『悪童日記』から続編を考えたわけではないが、続編の余地を残していたとも言う。いちおう、それぞれ仕上げた時点で完結と考えつつも、引きずるものが残ったので作られた作品といえる
解説にもまるまる引かれている文章が、三部作の本質を表している。リュカが書店の女主人に何を書いているのか、と聞かれたときの返しだ

 私は彼女に、自分が書こうとしているのはほんとうにあった話だ、しかしそんな話はあるところまで進むと、事実であるだけに耐えがたくなってしまう。そこで自分は話に変更を加えざる得ないのだ、と答える。私は彼女に、自分の身の上話を書こうとしているのだが、私にはそれができない、それをするだけの気丈さがない、その話はあまりにも深く私自身を傷つけるのだ、と言う。そんなわけで、私はすべてを美化し、物事を実際にあったとおりにではなく、こうあってほしかったという自分の思いにしたがって描くのだ、云々。(p14)


これが『悪童日記』でリュカが「ぼくら」を捏造した由縁だろうし、『ふたりの証拠』というフィクションが立ち上がった訳であり、そもそも世界で物語=フィクションが必要となる理由ともいえよう
管理人は吾妻ひでおの『失踪日記』の冒頭で、「リアルだと 描くの辛いし 暗くなるからね」と宣言して、ぶっとんだ告白に及んでいくのを思い出した


前巻 『ふたりの証拠』

失踪日記
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吾妻 ひでお
イースト・プレス
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