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『リトビネンコ暗殺』 アレックス・ゴールドファーブ&マリーナ・リトビネンコ

シロヴィキとオリガルヒの暗闘



2006年11月、イギリスに亡命中の元FSB工作員リトビネンコが毒殺された。放射性物質ポロニウム210による無惨な姿は世界に衝撃を与えたが、その裏に何があったのか。リトビネンコの妻と協力者が告白する

単純にリトビネンコ周辺の暴露物だと思ったが、想像以上に扱っている範囲が広かった
著者の一人、アレックス・ゴールドファーブ冷戦時代にアメリカに亡命したロシア人で、投資家ジョージ・ソロスのスタッフとしてソ連崩壊後のロシアで活動していた
新興財閥(オリガルヒ)の代表格、ボリス・ベレゾフスキーにも深く関わっていて、ロシア政界全般に詳しいのだ
リトビネンコはソ連末期にKGBに入り、そのままロシアの保安機関FSBなどに勤務する任務に忠実な隊員だった。しかし1998年、FSBの対テロ機関URPOに属した際に、ベレゾフスキーと国会議員のトレパシュキンの暗殺を命じられて拒否。本人にも警告して作戦は延期された
余りに杜撰なURPOの手法に、FSB長官だったプーチン同組織の解体を命じるが、このときにリトビネンコを「組織の裏切り者として目をつけられることとなる
本書はリトビネンコ側からの告発であり、すべてをプーチンとFSBにもっていく傾向は強いものの(だいたい、そうなんだろうけど)、プーチンが台頭する前史、エリツィン政権時代の“オリガルヒ”から、保安機関関係者“シロヴィキ”と移っていく過程を見事に活写している。オソロシヤはプーチンに始まるわけでもないのだ


1.“略奪資本家”オリガルヒの台頭


ソ連崩壊後のロシアでは、エゴール・ガイダルアナトリー・チュバイスの主導で「ショック療法」と呼ばれる急激な市場経済導入が取られた。国営会社は投売り状態となり、旧共産党関係者が大企業を取得し、濡れ手で粟の大富豪となった
これがいわゆる新興財閥“オリガルヒ”で、ベレゾフスキーはその代表格。石油会社から国営航空会社アエロフロートも傘下に収めた
1996年の大統領選挙には、傘下の元国営メディアをフル動員し、エリツィンをひと桁の支持率から奇跡の再選に結びつけた
ただし、ロシアの市場経済化を支援していた投資家ジョージ・ソロスは、オリガルヒを「略奪資本家」と見なしてロシアの欧米化に逆行するものと、ロシアへの投資を手控えるようになる。ベレゾフスキーと親しかった著者ゴールドファーブも、ソロスから離れていった


2.“シロヴィキ”の代理人プーチン

宿敵ともいえるウラジーミル・プーチンは、1975年にKGBに入省。東ドイツ勤務を経て、1990年に辞表を出し、大学の恩師サプチャークサンクトペテルブルグ市長となったことから、市の要職を歴任する
市の要人に珍しく清廉といわれ、サプチャークが疑獄事件に陥って手術が受けられそうにないときに、海外での治療を手配するなど、義理堅い一面を持ち合わせている
このエピソードがエリツィンの気を引いたのか、FSB長官への抜擢につながる。忠誠の疑わしいFSB幹部の上に、中佐止まりの忠実な男を置く狙いがあったようだ
しかしリトビネンコの仮説ではKGBを辞めたのは擬態で、“シロヴィキ”の代理人としてエリツィン政権に潜り込んだともいう
とはいえ、晩年のエリツィンに大統領候補に指名されたときは、さすがに動揺したようだ。ベレゾブスキーはエリツィンの後継者として期待し、プーチンの当選を助けた


3.亡命先で反プーチン活動

が、大統領に就任すると、プーチンとベレゾブスキーの関係は一変する
FSBの偽装が疑われるアパート爆破事件潜水艦クルスクの事故で、マスコミから盛大に叩かれたために、メディアを傘下に収めるベレゾフスキーに怒りの矛先を向けたのだ。略奪資本家ながら欧米志向のベレゾフスキーKGBの世界観を持つプーチンとの、同床異夢が露呈したといえよう
ベレゾフスキーはアエロフロート買収の際の疑惑で追われ亡命し、彼と親しくなっていたリトビネンコも家族を連れて外国へ。二人はFSBの被害者やアンナ・ポリトフスカヤらのジャーナリストと結びついて、反プーチン活動を開始した
リトビネンコはイギリスで国籍と新しい名前を拾得しつつも、ウクライナやグルジアと活発に飛び回っていて、FSBの目の上のたんこぶだったことは疑い得ない


4.亡命者への見せしめ

リトビネンコの暗殺に使われたポロニウム210は、毒物として使用された前例はなかった
ごく少量で致死量に達し、1グラムで50万人を殺せるといわれ、口の中に入れなければ実行者にダメージがほぼない。これだけ見ると暗殺には理想的な性質を持っている
その反面、ポロニウム210の生産には極めて特殊な技術が必要で、まず国家機関が関わらないと無理。本書によると9割以上がロシアで生産されていて、ごく一部がアメリカへ医療用で輸出されているぐらい
ポロニウムが使われたと判明すると、その痕跡を辿るのが容易でイギリス当局も実行者を公表している。追跡の容易さが今まで使用されなかった要因だろう(実行犯アンドレイ・ルドゴイは現在、国会議員!)
使用者が分かる前提で使った理由は、ようはロシア人亡命者への見せしめ
同時期に「ショック療法」のガイダルがアイルランドで一服盛られていて、一命を取りとめた後に「ベレゾフスキーの仕業」と鼓吹していたそうだ


*23’4/14 加筆修正

関係記事 『チェチェン やめられない戦争』
     『米露戦争』 第1巻・第2巻




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