『海軍乙事件』 吉村昭

べっ、べつに乙しているわけじゃないんだからねえ!


海軍乙事件 (文春文庫)
文藝春秋 (2012-09-20)
売り上げランキング: 4,415


日本近代史の知られざる事件を追う吉村昭の中短編集
表題の海軍乙事件とは、山本五十六の跡を継いだ連合艦隊司令長官・古賀峯一大将がフィリピン近海で遭難し、行方不明となった事件
山本五十六撃墜事件を、「海軍甲事件」と呼ぶことから名づけられた。「甲事件」についても、五十六を護衛した戦闘機パイロットの顛末を描いた短編がある
「シンデモラッパヲ」を除いて、太平洋戦争にまつわり、歴史の闇に葬られようとしていた出来事を掘り起こす。当事者への取材の様子も描かれて、事実をあるがままに記す戦史文学の王道を行くものだ
全編を通して、戦争に振り回される個人の哀れさが強調されている


「海軍乙事件」

古賀峯一大将が行方不明になった事件には、連合艦隊参謀長・福留繁中将作戦参謀・山本祐二中佐も遭難していた。二番機に乗っていた一行は、セブ島沖に不時着し、同地の抗日ゲリラに身柄を拘束されてしまう
セブ島には、クッシング大佐率いる数千人のゲリラが米潜水艦の補給を受けて活動していたのだ。参謀たちの持っていた連合艦隊の邀撃作戦「Z作戦(新Z号作戦)はこのとき、ゲリラの手を経てアメリカ軍へ流出してしまう
セブ島の守備隊を率いる大西精一中佐が討伐に出た際に、ゲリラ側が日本人を交渉に派遣し、一行は無事、引き渡されることとなる。抗日ゲリラは引渡しのとき、日本の歌を歌って融和の雰囲気を作ったそうだ

しかし問題なのは、福留繁中将はじめ捕虜となった参謀の処遇
戦陣訓が有名なように、当時の日本軍は捕虜を恥とする気風があった。海軍は苦肉の策として、「抗日ゲリラは正規軍ではない」→「正式に戦争してないから、捕まっても捕虜ではないという理屈をひねりだし、不問にする
そして、件を隠しきるために福留繁中将を、第二航空艦隊へ栄転させてしまった(山本祐二は戦艦大和の特攻で戦死)
福留中将は作戦の流出を否定し続けたが、戦後にアメリカの戦史を手伝った旧軍の士官が流出の存在を確認した。本書では、この流出により日本軍の戦力は割れ、レイテ沖海戦の大敗北につながったとされている(実際に、その情報が生かされたかは微妙らしいが)


「海軍甲事件」

山本五十六がブーゲンビル島で撃墜されたときには、6機の零戦が護衛についていた。戦後生き残ったのは、著者が取材した柳谷謙二氏のみ
五十六巡察が決まったときには、その進路に敵機がいることは少なく、6機の護衛でも充分すぎると考えられていた。16機での遭遇は明らかに待ち伏せと考えられた
6機のパイロットは倍以上の敵には敵わないと表向きは不問にされたものの、周囲の視線は厳しく自ら死地へ旅立つように、ラバウルを飛び立っていった
柳谷氏は、ガナルカナル沖で敵の機銃によって片腕をもがれ、本土へ帰還。航空隊の教官として終戦を迎えた
上記の捕まった参謀たちに比べ、この扱いの差はなんだろうか

海軍では、待ち伏せとしか考えられないのに、いろいろ理屈をつけて暗号が見破られていないと判断してしまう。アメリカのラジオが五十六の撃墜を報じないからだ
しかしそれは、アメリカ側が日本側に暗号の解読を気取られないように、細心の配慮をしたから。暗号解読の成否を確認しようと、日本が飛ばした囮に対しては黙殺していたのだ
物量以外でも相手が上という、悲しい史実である


「八人の戦犯」

ポツダム宣言を受諾後に、戦犯の問題が浮上した。連合軍に裁かれる前に日本で裁いたほうが傷跡が少ないのでは考えた軍部は、八人の戦犯を選び出す
いわば「とかげの尻尾切り」の発想で、連合軍による戦犯の拘留が始まったことで裁判自体はフェードアウトしたものの、その調書は連合軍に提出されBC級戦犯に影響することとなった
本章では、その八人の戦犯のうち、確認しきれた事例を書き記す

A氏は陸軍中野学校からスペイン→南米に派遣され、台湾でアメリカ人捕虜を拷問した容疑。鉛筆やモップをつかって苦痛を与え、拳銃で殴打したとも
タバコの火を押しつけた部下を庇い、自分だけが裁判に立っている。BC級戦犯では、身内を庇うケースが多かったようだ
C氏に関しては、完全に冤罪仏領カンボジアで、敗戦後8月22日に抗日ゲリラを指導した神父ら3人を処刑した容疑で、終身刑の判決を受けた(冷戦に突入して大幅軽減された)
取材の最後で、C氏がクリスチャンであることが明かされる。まさに無情……


「シンデモラッパヲ」

日清戦争中、撃たれた後も進軍ラッパを離さなかった兵士の裏話
当初は岡山県浅口郡船穂村の白神源次郎と報じられた。村では日清戦争唯一の戦死者であり、英雄として顕彰碑が作られる。そればかりか、日本国外でも高名な詩人によって、題材とされた
しかし日清戦争後に死んだラッパ兵は、同じ岡山県の川上郡成羽村から出征した木口小平であることが発覚する
白神の名が余りに知れ渡ってしまったため、木口小平は日露戦争後にようやく世間から認定された
戦中の美談は、人々の欲求によって作られる、かなり怪しいものなのだ


戦史の証言者たち (文春文庫)
吉村 昭
文藝春秋
売り上げランキング: 348,426
(この一行は、各記事の最後に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)

コメント

コメントの投稿

非公開コメント


(この一行は、各ページ下部に固定表示するサンプルです。テンプレートを編集して削除もしくは非表示にしてください。)
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
カテゴリ
SF (24)
RSSリンクの表示
リンク
FC2 Blog Ranking
ランキング
アクセスアップ!?
検索フォーム
はてな
この日記のはてなブックマーク数
タグランキング

サイドバー背後固定表示サンプル

サイドバーの背後(下部)に固定表示して、スペースを有効活用できます。(ie6は非対応で固定されません。)

広告を固定表示させる場合、それぞれの規約に抵触しないようご注意ください。

テンプレートを編集すれば、この文章を消去できます。