『ハドリアヌス帝の回想』 マルグリッド・ユルスナール

巻末も充実。作者がわざわざ、どこが虚構か明かすとか


ハドリアヌス帝の回想
マルグリット・ユルスナール
白水社
売り上げランキング: 96,305


ローマ最盛期の皇帝ハドリアヌス彼は緩慢の死を迎えるなかで、何を想ったか
本作はハドリアヌスの生涯を、後継者と目していたマルクス・アウレリウスへ宛てた回想の形式で語る歴史小説だ
死の病に冒された皇帝が幼少期から、トラヤヌス帝に仕えた軍人時代、皇帝としての治世、美少年アンティノウスとの日々を振り返っていく
本文が当時の古典を意識したものせいか、訳文は流麗な文体になっているものの、そこまで一つのことで思索するかと唸ってしまうほど、とにかく一つの段落が長い! 文章そのものが読みやすくても、気合いを入れて没頭しないと読みきれない
本読みとしての意志の強さが試される作品である
しかし、この段落の長さを乗り越えれば、世界を旅した稀代の男の精神世界を追体験できるはずだ

ハドリアヌスは、先帝が築いた広大な領土を点検し続け、治世のほとんどを各地の巡察に費やした。軍人時代に輝かしい戦績を誇りながらも、皇帝となってからは守成に徹し、パルティアに対しては東方の領土を放棄して、平和の協定を結んだ
その一方で、ギリシャ文化の愛好者として知られ、ローマに服属するギリシャ都市国家を保護・指導し、同地の宗教であるエレウシスの秘儀を受けたと言われる
実際にハドリアヌスの回顧録は存在していたらしいが、歴史の中で遺失してしまった
トラヤヌスに従ってのダキア遠征、皇帝即位、ブリタニアでの城壁建築、パルティア王オスロエスとの会合、ユダヤ戦役と歴史的事象も数あれど、焦点になるのは美少年アンティノウスへの愛
アンティノウスは外見以外これといった取り柄のない少年だったが、ハドリアヌスにとって生を発散する美の象徴だった。当時のローマ社会では同性愛はタブーではなく、皇帝のそれも公的な問題にならなかった
彼との日々が皇帝にとっての“黄金時代”だったが、彼はエジプト旅行中に自殺してしまう。あまりに幸福なゆえに、いつかその寵愛を失うことを恐れる余りの死だった
ハドリアヌスは精神が病むほど嘆き、彼だけのためにアンティポリスという都市を建て、神殿に祭り神格化した
アンティノウスの死はハドリアヌスにとって、人生が死への道程であることを露わにし、ローマ帝国そのものの運命を匂わせる

もうひとつ、帝国の治世に暗雲を立ち込めさせたのは、イェルサレムでのユダヤ人の蜂起
ハドリアヌスは一神教を守るユダヤ人に対し、ギリシャ・ローマの原理である多神教を当てはめようとするがこれが裏目。“星の子”シモンが中心となり、ローマに対し独立闘争を始める
大軍で包囲するローマに対し、ユダヤ人側も頑強に抵抗し、三年の包囲戦のなか、60万人のユダヤ人と三万人のローマ軍が戦争と疫病によって失われた
ユダヤの律法を学ぶことは禁じられ、ローマによって建設されたイェルサレムは破棄され、ハドリアヌスはこの地をパレスティナと命名する。いわゆるユダヤ人の“離散”(ディアスポラ)である
表面上はローマ側の勝利だが、死を意識し始めた皇帝は、いつしかローマが一神教に屈することを想像してしまう
しかし、自殺未遂を乗り越え死を受容するに及んで、ギリシャ・ローマ文化の強さを信じなおす。たとえ、一神教に蹂躙されようとも、いつしかこの人間的価値は認められるとするのだ
ヨーロッパの近代文学はルネサンスを経由して、古代ギリシャ・ローマに通じていた。ハドリアヌスの境地は、その伝統を継ぐ作者の声とも言えるだろう
なるほど、ナナミンが嫉妬する作品なわけである


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