『世に棲む日日』 第2巻 司馬遼太郎

教育者としては理想的


世に棲む日日〈2〉 (文春文庫)
司馬 遼太郎
文藝春秋
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再び来航した黒船に、松陰は初めての弟子・金子重之輔と共に乗り込んだ。しかし渡航を拒否されて、下田奉行所に出頭する。前代未聞の事態に、長州藩は松陰を野山獄に下した。獄から出た松陰は、かつて玉木文之進が開いた松下村塾を再開し、身分の分け隔てなく入門を許した。藩校・明倫館に飽きた高杉晋作は、久坂玄瑞に挑発され松下村塾の門を叩くが……

2巻は非常にめまぐるしい
松陰が黒船に乗り込んだかと思ったら野山獄に入り、安政の大獄で処刑。主人公の座は高杉に移る
高杉の瞬発力もすさまじく、海軍修練に励みだしたと思ったら、それに飽きて江戸にいた仲間のもとへ逃れてしまう。そこから何故か、毛利家の世子・元徳の小姓になれて、周布正之助の策で上海へ渡航する
師弟ともに落ち着きがないので、史実を分かっていてもハラハラさせられる。知らない人には斜め上の展開ではないだろうか(笑)
ただし、松陰は弟子たちの資質を良く見抜いており、彼らを欠点含めて肯定していく。その教え子たちへの視線を見れば、現代にまで慕われる理由も分かる
松陰は理念を作る思想家だとすると、高杉はそれを具現化する革命家。久坂のように理屈に酔うところはなく、天才的な呼吸と発想で仲間を引きずりこんでしまう
高杉が主人公となることで、物語が一気に湧いてきた

吉田松陰は万民一君を主張して、幕府は天朝に命じられた役職にすぎないのだから、ダメなら他の者に変えていいとしていたが、攘夷を実行する主体は幕府と雄藩連合と想定していた。排撃すべきは、井伊直弼とその一党であり、幕府そのものではなかった
しかし久坂玄瑞になると、攘夷を実行しないのなら、幕府打倒も視野に入ってくる
久坂たちも文明の技術差から攘夷は無理と理解していて、攘夷は幕府を困らせるための手段へと変わって行く
幕藩体制下では原則的に、交易は幕府のみに許されることであって、諸藩は除外される。交易に利があっても、幕府に利益が集中するのであって、諸藩は流出する物資や金銀によりインフレに苦しむだけになる
「力関係が開いたまま開国すれば、外国に圧倒されるので、兵を養い外国に輸出できる物産を作れるようになってから開国すべし」というのが、松陰の遺訓を継ぐ久坂の主張だった
正論に見える長井雅楽の開国論も、幕府の体制を転覆しないと実現しないため、松下村塾系の志士を激怒させることとなる

司馬が繰り返し語るのは、思想=イデオロギーはある種の虚構によって成り立つということだ。そして、その虚構を本物にするには、疑わず信じる狂信者を必要とする
松陰は「日本の中心は天皇であって幕府ではない。日本人は大名から庶民まで天皇の臣であり、将軍の臣でない」と展開して、明倫館の権威・山県太華と激しく対立した
既成の体制は山県太華を是としていて、松陰は現実を変えるに「狂にならざる得ない」とした。ただその「狂」は、久坂ら信奉者を通して、後に現実を占領し、草莽の革命軍「奇兵隊」へとつながって行く
攘夷運動そのものも、鎖国が日本古来の伝統とする偽史によって支えられていて、京都の孝明天皇や公卿たちもそれを自明のものとして幕府に働きかけていた
幕府が島原の乱に懲りて200年前に始めたという史実は知る人ぞ知るものであり、偽史が思想を現実のものに駆り立てたのだ


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